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面影リグレット 【お題:面影】

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前書き

 どうもrakiです。
 今回はお題小説に挑戦させてもらいました。
 今回のお題は「面影」ということで、面影にまつわる短編を執筆させてもらいました。ジャンルは色んな見方がありそうなのでよく分からないのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。




『面影リグレット』

 作者:raki



 七月二十一日


 その日の朝は日照り雨だった。
 空は眩しいほどに明るく、薄くかかった雲のベールは遥か彼方の太陽の光を受けて白く輝く。しかしそんな中、細かな雨粒が斜めに降りる。
 《彼女》は視界の端で、その存在を僕に訴える。雨なのに傘はない。腰の辺りまである長い黒髪。顔は――そう、顔は見えない。その長い髪の毛が顔の前にかかり、表情すら全く伺えない。真っ白なワンピースは風もないのにゆらゆらとなびき、そのせいか《彼女》は体を左右に揺らしているようにも見える。肌は青白く、生者のそれでは――ない。
 それだけのことが判る。今日《彼女》がいるのは道路を挟んで五十メートル以上も離れた所。アパートとアパートの間の僅かな隙間でこちらを向いている。高校への通学路の何でもない歩道で、僕は《彼女》に関して、それだけの情報を感受出来る。服装も、生気のない肌の蒼白も。それが不思議であり不気味だ。
 ――否、不気味だが不思議ではない。僕は《彼女》がどんな姿なのか知っているんだ。それも当然、僕は《彼女》をもう数百回も見ているのだから。
 しかし、僕は《彼女》が誰なのか知らない。なぜ僕の前に現れる? 何者だ? なぜ、僕にしか見えない? 僕に何がしたい!? 僕に何をさせたい!?
 ――お前は、誰だ!?
 まさか――!!
「危ない!!」
 背後から声がした。
 目の前にトラックが迫っていた。通りがかりのおばさんが、凄い剣幕で何かを叫んでいる。
 トラックはこちらに向かって突っ込んでくる。十五メートル、十メートル……。
 そこで我に返った! 
 ――死ぬ!!
 僕は右手の方向に向かって思い切り飛んだ!
 凄まじい轟音と共に、目の前でトラックが電柱に衝突し、大破した。


 危機一髪だった。トラックの運転手は突然の心臓麻痺でアクセルを踏んだまま気を失ったらしいことが後から分かった。
 だが、そんなことはもはやどうでもいい。
 《彼女》がこれ以上僕の前に現れたら、頭がどうにかなりそうだった。《彼女》を見る度に考えてしまう。《彼女》が何者なのか、いったい誰なのか、なぜ僕にしか見えないのか。暴走したトラックが目の前まで接近していることに気付かないほどに考え込んでしまう。
 言い知れぬ恐怖心があった。
 誰だか判らないはずの《彼女》が、誰だか判ってしまいそうで――それが、怖かった。


 行きの通学路で死にかけたことも忘れ、僕は学校で無心に授業を受けた。何もなかったかのように、一歩も動かずに自分の席に座っていた。いや、その姿は周りからすれば何かあったように見えたかもしれない。
 友人に話し掛けられても、「疲れてるから」と追い返した。幸い、僕に友人は少ない。入学から四カ月が経とうとしているが、入学前から僕は奇妙な幻覚に悩まされ、友人など作れるはずもなかった。数人追い返せばそれで済んでしまう。追い返した数人の名前ですら、覚えているか怪しい。
 僕の視点はほとんど変わらなかった。むやみに動かずに、じっとしていれば、《彼女》を見ずに済む。
 ここ数ヶ月はずっとこんな感じだ。最近の僕はどうかしてる。ただの幻覚に、何を悩まされているんだ――――。
 帰りのショートホームルームを終え、僕は机に顔を伏せた。そのまま微睡みに溶け込むのを、ただじっと待った。
 ――――放課後。
 目を覚ますと、かなりの時間が経っていた。激しい頭痛が僕を襲う。まるで目を覚ますことを体が拒絶しているようだ。あまりの痛みに唸りを上げる。
 教室の時計に目をやると、七時四十五分を差している。思い返すと夏至を過ぎてもう数週間だ。この時間帯になって、ようやく窓の外が暗みがかる。窓際の前から二番目の席。外の様子は自然と目に映る。
 ――何度、この見晴らしの良い席に困らされたか……。
 開いた窓から暖かい風が吹き込む。背後で小さな金属音がした。
「やっと起きたかい? 真田夏樹(さなだ なつき)クン」
「……!?」
 誰もいないと思っていた背後から声が響いた。真田夏樹……僕の名前だ……。
 僕はゆっくりと声のする方向へ振り返った。
 僕の眼前に佇んでいたのはクラスメートの男子だった。ワイシャツの袖を肘の少し前まで捲り、同じように制服のズボンの裾も膝下まで捲り上げている。シャツのボタンは第三ボタンまで外しており、胸元に白と黒の勾玉を組み合わせたような太極図のネックレスを覗かせている。髪は赤みがかった茶髪、右耳には円状に並べた五つの点の、ある一点と二つ隣の点とを線で繋ぐ作業を五回繰り返した形――星形の形状の金属輪のあしらわれたピアスが目立つ。教師に目を付けられる典型的な不良スタイルだ。名前は――覚えていない。派手な名前だったのは記憶に残っているが。
「あんた、いつからそこに居たんだ?」
 僕は不快感を隠そうともせずに言った。気を遣う理由もない。話すのはこれが初めてだ。
「キミが眠る前から居たが、その質問、いささか奇妙ではないかい? ボクはこのクラスの生徒なんだしさ、ここに居たところで何ら不思議はないだろ?」
 目の前の不良は、チャラチャラした恰好の割には理路整然と話す。
「……あんたの言うとおりだ。だが、理由もなしにこの時間帯まで教室にいるという点で奇妙なのはあんただ。僕は至極当然な問を発したはずだ」
「あんたあんたってさぁ。ボクにはしっかりと名前があるんだよ、真田クン。……いや、そうか、覚えてないだけだね。ボクの名前は安倍等含(あべ らがん)。それから、ここに居る理由もある。キミが目覚めるのを待っていたんだ」
 そう言うと安倍はこちらを指差した。
 ――何だ、コイツ。全て見通したような目をしている。
「……僕に何の用があるんだ? 悪いが僕は疲れてるから、お前に付き合ってる余裕はない」
「つかれてる? あぁ、疲れてる……ね。確かにキミはつかれてるよ」
「……何で安倍が、僕が疲れていることを知ってるんだよ。……いや、まあ確かにあんだけ爆睡してりゃそう見えなくもないか……」
「違うね。真田クン、キミは『疲れている』んじゃなくて『憑かれている』んだよ」
「……!? 今、何て……?」
「だからさっ。キミは憑かれているんだ、物の怪に」
「…………物の怪?」
「そう、物の怪だ」
 安倍等含は右口角を上げて、確かにそう言った。
「……見えてんのか?」
「主語を補ってくんないか? 真田クン」
「白い服の……女だよ」
「面白いな、真田クン。大抵の女子高生は白いワイシャツを着用してるけどね……それとも、白い服の『普通じゃない』女の話かな?」
 安倍は下等生物を見るような目で僕を見下して言う。僕は徐々に苛立ちを募らせていた。
「…………安倍、お前は《彼女》の正体を知ってるのか? アレは何だ。何で僕の前に現れる。お前は何を知ってるんだ?」