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TheEndlessNights(1)

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刹那、弥月の体を強い衝撃が襲った。弥月の体はまるで人形のように吹き飛ばされ、刀は抜け、闇の中に消えていった。しばし、間を置き、ズンという何かにぶつかった様な重い音が無双の消えた闇の中から訪れた。
刀に未だ貫かれたままの女が放った蹴りの直撃。その破壊力はいったいどれほどのものだったのか。少年とはいえ17の男性のガタイを容易に跳ね飛ばす威力、恐らく、並の人間では唯で済むはずもない。
咄嗟に放ったものだ、手加減もへったくれも無い、手応えも申し分無い、女は恐らく、少年は原型を留めていないだろうと思った。化け物の脚力だ、死に損ないのガキだ、絶対に死んでいると確信した。筈なのに。
何故こんなことを、女は自らの腕を見下ろした。
そこにはまだ熱を帯びた赤い液体が纏わり付いていた。
とても心地の良い感触だ。他愛の無い命の感触だ。
未だ物事を知らぬ童が昆虫の羽根を捥いで遊ぶように。
先ほどまで楽しんで手の内で転がしていた命だ。
だというのに。
まさか。
そんな筈は無い。
虫相手にそんな感覚を抱くはずは無い。
「なんだ?」
耐え切れなくなった女はそう吐き出した。
沸々と根拠も確証も無く唯、内から際限なく湧き上がるソレに。

女は化け物だった。その中でも最上級の『不死の夜族(ミディアンズ)』の筈だ『吸血鬼(ドラクル)』の筈だった。
だが、確かに、女は感じた、そうこのまま放って置くのは何かマズい事になると、恐ろしいことになるのだと。そう、直感した、恐怖したのだ。何故だ?何に?ナニ?
初めてだった、吸血鬼になってから初めて抱く感情だった。だけど、だから。
暗闇に叫んだ。
「お前は一体なんなんだ!?」
女の絶叫のような叫びが闇に飲み込まれた。この闇自体が蠢いている巨大な生物のように。
女の声に呼応する様に、その巨大で暗い生物の瞳が、赤い二つの光が、闇の中で揺らめいた。
その時になってやっと、女は確信した。
これは、『恐怖』だ。
間違いない。
錯覚や勘違いなどではない。
それは感情だとか思考だとか本能だとか曖昧で形のないものでは決してなく。
だって、そこに、確実に存在しているのだから。
次の瞬間、女の胸が破裂した。否、胸から腕が勢い良く飛び出してきた。
女は何が起きたか理解していなかった。
自分の胸の中心から生える奇怪な物体に目を奪われ首を傾げた。
大きくは無いが形のいい二つの綺麗な曲線。
美しい自慢の曲線の中心から余計で、不恰好な線が伸びている。変なの。
確か、その辺りには私の心臓があった筈だ。変なの。
「変なの、変なのぉ、あは、ははは、あはははははは!」
次の瞬間、女の体は崩れ落ちた。文字通り『崩れ落ちた』のだ。まるで泥で出来た人形のように、液体の詰まった風船が割れるように。ビチャビチャと音を立てて一気に人の形を失って。地面に赤い水溜りだけを遺して。
甲高い金属音が鳴り響く。女に突き刺さっていた赤い刀が支えを失って地に突き立った。赤い刀身が赤い水溜りに浸かるとそれはまるで刀自体が血を流しているようなおどろおどろしい光景に見えた。
だがそれは違うと、もっと恐ろしい光景だと、直ぐにわかる。水溜りが有り得ない勢いで干上がっていく、それはポンプが水を汲み上げる様に刀を中心にして行われた。やがて、赤い液体が全てなくなり、そこにはまるでそんなものが初めからなかったかの様に、赤い刀だけが突き立っていた。
そこに、もう一人、立つ人影があった。中肉中背、ワイシャツの胸がボロボロに破れ服の意味を一切成さない格好をした男、その右の腕は、赤く染まっている。
無双弥月、と呼ばれた少年と背格好は同じだが、その髪はまるで雪のように白く、その双眸はまるで燃え盛る炎のように赤い。おおよそ、人のそれでは有り得ない風貌。それはさながら、伝承に聞く忌み嫌われし鬼のそれ。
紛れも無く、それは無双弥月その少年であり、そしてもう少年は無双弥月ではない。

嘗て、日本には、大災厄の時代があった。後に平安と呼ばれる時代の都であったその場所は、大雨、洪水、流行り病、魑魅魍魎が人々の周りを跋扈し、屍が山を築いた。その災厄の一端、嘗ての人々を震え上がらせ、もっとも忌み嫌われた鬼がいた。
鬼の名前は『羅刹』、鬼神羅刹と呼ばれた大妖怪だ。
鬼は人を焼き、魍魎を焼き、都を焼き、その怨霊怨嗟を炎に変えて夜を焼き
鬼は人を喰い、魍魎を喰い、妖怪を喰い漁り、朱の夜から朱の夜へと飛び回った。
だが、その強大な鬼はたった一人の人間に敗れ去り、一振りの刀へと封じられる事になる。
鬼の封じられた刀も、鬼を封じた人間も、鬼自体も。千という時の中に飲み込まれ、歴史には残ることもなく御伽噺に変わった現代。
この日、御伽噺は、無双弥月という一人の人間の中で現実へと変貌した。
夢を見ている様にハッキリとしない意識の中。
少年は朱に染まった右の腕を口元に運び、その色を舐めた。
出し切り乾き切った命が潤うような、そんな甘美な味がした。

作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三