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ふたりの言葉が届く距離

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 はにかんだような彼女の顔を見て思わず抱き締めたくなるが、周囲の状況を考えて自制する。

 機種変更の手続きを済ませて店を出て、喫茶店に入って話をしながらも、俺と理奈はテーブルの上に置かれた二つの新しい携帯をチラチラと見て口元を緩ませていた。

 静かに流れている上品なクラシック、落ち着いていて温かみのある内装、コーヒーとアップルティーの香り。
 それらに包み込まれながら何度も指を絡める。


「雨が降ってるね」

 不意に告げられた彼女の言葉。
 その視線の先を追って窓の外を見ると、確かに黒い空から大きな雨粒がとめどなく降り注いでいた。
 
「しばらく止みそうもないな」
「うん」
 腕時計を見て、ずいぶん長い間この場所にいたことに気づく。
「コンビニで傘買ってくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って立ち上がった俺を見て、理奈が「私も一緒に行く」と言う。
「いや、せっかくの新しい携帯を濡らしたくないしさ。すぐ戻ってくるよ」

 彼女が頷くのを確認すると、レジにいた店員に事情を説明してから店を出た。
 慟哭のような雨音としっとりとした空気の匂いを感じながら、少し先に見えるコンビニまで駆け足で向かう。

 滝のように激しく降りしきる雨は、容赦なく俺の身体を冷たく濡らした。

 二人分のビニール傘を購入し、コンビニから出て、向かうべき方向を見る。
 
 全ての感情が深い溜息となって吐き出される。



 そこには、もう理奈の待つ喫茶店など無かった。

 

 最初から分かっていた。
 これが追憶の幻だってことは分かっていたんだ。

 理奈と一緒に買ったあの携帯は、俺が叩き壊したんだから。

 俺を取り巻く全ての情景が真っ白になっていく。


 すでに消失した空からは雨も降っていない。
 不要になった傘を投げ捨てた俺の身体もやがて白く溶けていった。