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うそみたいにきれいだ

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7月23日 夕立

(雨彦くんと雪丸さん)



「んん。なんて呼んだらいいかなあ」
「雨彦でいいですよ」
「じゃああまひこくん。漢字はどう書くの」
「天気の雨に……、ひこはわかるよね」
「うん。ひこにゃんのひこでしょ?」
「ひこにゃんてひらがなじゃないですっけ」

梅雨もあけたてのランドリーに何故かひょっこりとやってきた雨の日のお兄さん改め語尾が下がるほうの人改め雨彦くんは、その節はどうもとはにかみながら、いちばん右の機体に何か白いものを押し込んだ。
そのときすでに乾燥済の洗濯ものを袋につめる作業に取り掛かっていた俺がどうしてまだぐずぐずしているのかというと、雨彦くんを追いかけてきたみたいに降り始めた雨のせいである。
雨の日のお兄さんは伊達じゃないんだね。
俺は洗濯ものを抱いて、雨彦くんの左どなりのベンチに腰かけた。
昼間じゅう熱された通りのアスファルトに降る雨のにおい+乾いたばかりの洗濯もののにおい=夏休みのにおい。

「ねえちーさい頃ってさ、夏だったら夕立って毎日くるもんじゃなかった?」
「あ、きてた」
「だよねえ。最近こなくて寂しいんだよね」
「寂しいの」
「うん寂しい。好きだったから」

好きだったから。
文脈どおりに言っただけの好きという言葉が、鳩尾のあたりを蹴っていった。
なんだか痛かったなと思っているうちにその熱いような痛さあるいは痛いような熱さ、はみるみる全身に拡がってゆく。
そうか、俺は重傷を負っているんだ。
手負いのけものなんだ、それにしては鋭気に欠けるな。洗濯なんかしたりして。

「好きって泣きたいような気持ちなのかも」
「切ないって言わない?」
「切ないって言葉ぜんぜん切なくないんだもん。嫌いじゃないけど」
「これって夕立の話?」
「そうさ」

何かをねじ込まれるようにぐんと痛む鳩尾のあたりを洗濯ものでかばいながら、今日はシーツを洗いにきたんですベランダの柵が錆びてて干したくないんですと少し笑って話す雨彦くんの声のおだやかな抑揚と、通りをたたく雨と、いちばん右の一回目のすすぎを、俺は音楽のように聞いた。

「ゲリラ豪雨ですかね」
「違うよ」
「じゃあ夕立だ」
「うん」

だからもうちょっと俺は立ち往生してここにいてもいいかなあ。
泣きたいような気持ちで、俺はスニーカーのちょうちょ結びを見つめた。



作品名:うそみたいにきれいだ 作家名:むくお