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うそみたいにきれいだ

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7月20日 アマリリス

(オオカミ店長と雪丸さんとすみれちゃん)



「らららーら、らららー」
「…………」
「し、ら、べーは、アマリリスー」
「そこしかわかんねえのかよ」
「わかんねえ。なんだよー、おーちゃん知ってんの」
「知んね」
「ほれみろ。すみれちゃん知ってる?」
「やあわかんないっす。でもそれあれだよね、学校のオルガンの」
「そうそうそう。強烈に残ってんだよねえ」

きのうおとといと続けて降った雨は庇のなかにまで足をのばしていて、たっぷりと水を吸った店頭の鉢植えは満腹ですよと言わんばかりに葉をつやつやさせていた。

エプロンのひもを店長にむすんでもらいながら雪丸さんが口ずさむメロディに合わせて、きれぎれの詞がうかんでは消える。
オルゴールと月と花園。
しらべはアマリリス。

「俺さあアマリリスって、そんなかれんな名前の花はどんなにかいじましいんだろうと思ってたんだけど、」
「ああー」
「こんななんだもんなあ」
「そうですよねえ」

なんだかぐおーっと伸びて、どかーんと咲いた真っ赤な花の鉢植えを前に、わたしたちはしばし言葉を失って立ち尽くした。

「知らなくていいことって、あるよね」
「そうですね」
「そんなご大層なもんかよ」
「物書きですもの。今日は水やりやめ?」
「うん、やめ。雪丸さん、エプロンのうしろボタンつけましょうか」
「う、いや、あの。れんしゅうします」
「ははは」

ボタンも無理じゃねえのとすかさず茶々を入れる店長に、雪丸さんはそんなことないよとふくれてみせる。
白っぽい顔をしてお店にゆらりと面接にきた春からずいぶんと表情ゆたかになった、のは雪丸さんだけでなく、最近なんとなく店長の目尻が下がってきているのをわたしは知っている。
知らなくていいことはたくさんあるけれど、売られてゆく花の名前を夜更かしして覚えるように、わたしたちはいつだって知りたいのです。



作品名:うそみたいにきれいだ 作家名:むくお