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うそみたいにきれいだ

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8月31日 縁日

(オオカミ店長と雪丸さん)



秋も二の足ふむような、蒸し暑い八月のおわりである。
宵待ちのうわついた男女のあい間をひょいひょいぬって現れたでかいやつは、ごめん待った? という気色のわるい台詞でもって俺をいきなり脱力させた。

「待ってねえよタコ」
「あ、たこ焼きいいにおい。腹へったなあ」

浴衣の腹をぐりぐり撫でまわしながら、手もち無沙汰に辺りをうかがう。
その横顔にやけに晴ればれしいものを見てとり、なんとなくいたたまれなくなった俺はむわりと煙を吐いた。

「店長。浴衣がお似合いですね」
「ええ。いなせでしょ」
「いなせえ? 女の人に使う言葉だよそれ」
「だまれにわか文士。つかお前なんで持ってんの。浴衣」
「いや、借りもん。雨彦くんのお店のおじいちゃんのやつなの」
「ああそう。似合わねえなあしかし」
「そうなんだよねー、腹が出てねえからだってさ。おじいちゃんいわく」
「……待て、それは俺の腹が」
「あっ俺ベビーカステラ買う」
「そうだ食え。もっと食えこんちくしょう」

携帯灰皿に吸いさしをねじ込みながら、上機嫌で屋台の列びに歩き出した背中を雪駄でのっそり追いかけていく。
おそらくしておじいちゃんさんに締めてもらったのであろう墨色のへこ帯は、腰骨をまわって後ろで固く結わえられていた。
その凛々しいむすび目を見てそこはかとなく募るのはむなしいような、わびしいような、

「……子ばなれできない親的な」
「ん、何?」
「いや別に。なんでこの歳にもなって男ふたりで地元の祭だっつうんだよ」
「なんだよー、おーちゃんが行こって言ったんじゃないの」
「お前とふたりっきりでとは言ってない」
「そりゃそうだけど。あ、でもすみれちゃんも男の子と来てるらしいよ」
「まじで。おい冷やかしてやろうぜ」
「小学生かよー」
「金魚欲しがるやつに言われたかねえな」
「え? ああ、」
「言っとくけど設備代はお給料から頂戴しますからね」
「いや、あの。やんないよ」
「……はあ?」

何お前それしに来たんじゃねえの。
と思いきり顔に書いてまじまじと見つめると、わた菓子頭が振り返って、困ったように笑った。
ベビーカステラとりんご飴の屋台のあいだには細い路地がのびていて、ふとそちらへ折れた相手に先導されるままにそのうす暗がりへと紛れ込む。
数歩先はもう夜で、ずいぶん日が短くなったことに気が付いた。
ベビーカステラが焼き型から外されて、目の端でぽろぽろと落ちてゆく。

「おーちゃん。」

わた菓子の背中がぽろりとつぶやいた。

「何」
「俺ね。知ってました」
「はあ。何をでしょう」
「おーちゃんが俺のことを好いているのを」
「…………は、」

同じように壁に背をもたせるとりんごひとつぶんくらい高い位置にある横顔の輪郭は、本通りのあかりを受けて透きとおったあめ色をしている。目尻にまつげの影。
おうとつのない頚すじから突出した鎖骨にかけてのひと繋がりの線はほつれた糸みたいに曖昧で、しっとりと湿って見えた。

「俺もおーちゃんのことが好きだよ。場合によっては寝てもいいなと思うくらい」
「何言ってんだ」
「俺、嫌いじゃない人とそんなふうな理由で自分から距離おいてあげれるような、それほどまでに優しいやつじゃないよ。俺はずっとおーちゃんとも一緒にいることに決めてるんだから、だから今日はふたりでお祭りに来なきゃいけなかったんです」
「……勝手だなー」
「勝手だもん」
「もんって言うな」
「俺と離れたいんなら、おーちゃんのほうが俺のことを嫌いになるしかないよ。だからエプロンのひもも自分で結べるようになったし今日の、浴衣の帯とかも自分で締めたし」
「雪丸」
「な、なに」
「泣くなよわかったから」

あめ色のわた菓子はぽろぽろ泣き出していて、甘いにおいの風がふいていて、目の端でベビーカステラがぽろぽろ落ちてゆく。
遠くで射的の音が聞こえて、何人かの歓声があがった。

「ごめんね。なんか感極まっちゃって」
「結婚前夜の娘かよ」
「……おとうさん。俺、幸せになります」
「なんなのお前。馬鹿なんじゃないの」
「馬鹿だもん」
「もんって言うな馬鹿」

この期に及んでなみだ顔を恥ずかしがるでかいやつに、俺はなんとしてもわた菓子と金魚を買ってやるのである。
熱のある手首を強くひいて、明るい祭の通りをどんどん進んだ。



作品名:うそみたいにきれいだ 作家名:むくお