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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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その日の自分たちの夕食時。
俊弥さんも一緒に夕飯を食べていく事になって、4人で食卓を囲んだ。
あんなことがあった後だから、やっぱり空気は重い。

食後に朱音さんがお茶をいれてくれて、落ち着いた頃合を見計らって千晴さんが切り出した。
「今まで話してなかった事を空流君に話そうと思う」
すごく真剣な表情。
「俊弥は知ってると思うけど、聞いててくれ」

そうして話が始まった。

「どこから話していいのかな。俺は話が下手だからずばり言っちゃう事しか出来ないけど、俺の母は義父の後妻で、俺は母の連れ子だったんだ。実父は俺が小学校3年くらいのときに死んでしまった。そのすぐ後に母は義父と出会って、結婚した」

その告白をきいて、驚いた。
千晴さんは幸せいっぱいに育ってきた人だと信じて疑わなかったから。

「義兄が一人いたし、後に異父妹も一人できたけれど、義父も母も3人全員を惜しみなく平等に愛してくれた。
最初は父を失ってすぐに結婚した母に反発したけれど、義父は愛情深い人だったよ。義兄か俺にこの旅館を継いで欲しいと、そう言ってくれた。
俺の義兄も義父に似た優しい人だった。歳が離れてることもあって小学生のときは暇を見つけてはよく遊んでくれた。でも、旅館の相続権が俺にもある事を知ると、義兄との関係はぎくしゃくし始めた。思ってみれば当然だ。次期当主として厳しく育てられてきたのに、ぱっと出の後妻の連れ子に権利を奪われるかもしれなかったんだから。
別に俺は旅館を継ぎたいなんて思ってなかったし、常連のお客様も次の当主は義兄だと思ってたから、大学を卒業してしばらく働いた後に家を出ようと思った。夢があったんだ。

小さい頃、洋館をモチーフにしたペンションに親子3人で泊りに行った事があってね。なぜだか俺は幼心ながらにすごくそこが気に入ったんだ。そうしたら父が『いつか千晴と俺とお母さんの3人であんなペンションをやろうな』と、そう言った。子どもだましな言葉だったけど、何歳になっても父のその言葉が忘れられなかったんだ。家を出る時に朱音がついてきてくれることになった。その時の俺は、それだけで夢が叶うような気がしてた。

当然、そんな上手くはいかなかった。立地、建造費、馬鹿でかい金が必要だった。世の中金がすべてとは言わないけれど、金がなければ何も出来ないことは事実。初めて現実を見た気がしたよ。
義兄や義父からも融資を受けられることになったけど、俺の理想とするものを造るのは足りなかった。そんなときに声をかけてきたのが日高社長だった。
もともと日高社長は実家の常連さんでね。始まりは接待でうちの旅館を使ったことだったかな。それからというもの接待はもちろん、個人的な宿泊にもよくご利用くださるようになった。最初は素直にこの旅館を気に入ってくれたんだと思ってた。実際とても良いお客様だった。最初はね。

投資の話を持ち掛けられたのはその時だった。信じてたんだ、この人なら俺の夢をわかってくれるって。日高社長から投資を受ける事は誰にも言わなかった。そのことが仇になるなんてその時は夢にも思わなかったから。

あの人が俺に投資をしてくれた理由はすぐにわかったよ。あの人は、母のことが気に入ってたんだ。

もちろん母には義父がいるし、日高社長には奥様もいる。そもそもうちの母は日高社長なんてお客様としてしか目に入ってない。なのに日高社長はしつこく母に付きまとう。
あの人は、俺に恩を売る事で母をものにしようとしてたんだ。1年に1回くらいここへ来るのも恩を忘れるな、ってことを言いたいから。それを材料にして母に言い寄ってるらしいことを聞いて愕然としたよ。なんで俺は日高社長の投資なんか受けてしまったんだろうって。
母は大丈夫だと言ってくれる。義父も義兄も日高社長の投資を受けることについて相談しなかったことは怒ったけれど今や仕方がないし母のことは全力で守るから安心していいと言ってくれた。
優しくされるのがこんなにつらいもんだとあれ以上に身に染みたことはないな。俺の軽い気持ちが実家のみんなに迷惑をかけることになったんだ。

だから俺は実家になるだけ迷惑がかからないように日高社長には最大限に気を使ってた。不快な言葉も態度も見過ごしてきた。でも、それが余計にあの人を増長させることになってたのかもしれない。
それに今日という今日は許せなかったんだ。あの人になんの権利があってそんなことを言うんだって思って。俺が誰を雇おうが自由なのに、いろいろと詮索して、傷つけて、そのうえ買収して勝手に解雇までしようとした。
空流君、ごめんな。君はもう十分傷ついて生きてきたのに、ここでもつらい思いをさせてしまってる。俺たちは君の事を本当の弟みたいに思ってるんだ。二度とこんなことは起こらないように努めるけれどまた嫌な思いをすることがあるかもしれない。それでも・・・ここで働き続けてくれるか?」

聞かれるまでもないことだった。
千晴さんは何も悪くないのに。
それに、とても気を遣ってくれて、本当の弟みたいに思ってるとまで言ってくれた。
それだけでももう十分すぎる。

働けるだけでも幸せなのに、こんないい人たちと一緒だなんて本当にありがたいことだ。

千晴さんの問いにゆっくりと頷きながら、久しぶりに心に暖かいものが沁みてくるのを感じた。