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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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「明日のお客様は日高食品の社長と奥様。よくここをご利用くださる方たちだよ」
日高食品…?あんまり聞かない名前だ。
「社長さんがいらっしゃるなんてすごいですね」
そう相づちをうつと、二人が苦笑いを浮かべた。
「そうねえ、そうなんだけれど…」
「どうしたんですか?」
聞くけれども朱音さんは口篭もっている。
「俺たちにとってあんまり喜ばしいお客様じゃないんだよ」
「え…?」
「明日はあの方たちだけだから良いようなものの・・・」
困ったように朱音さんが言った。
「私たちはね、いつもよりも少し贅沢をしてゆっくりした時間を過ごしてもらおうと思ってここをやっているの。でもあの方たちはそれをなかなかわかってくださらないのよね」
千晴さんの眉間にしわが寄る。
「どうもバカにされてる節があるんだよな」
「バカにされてる?」
「他のお客様には客室のアンティークの価値がわからないだろう、とか、高級感を出すならこれは使うべきじゃない、とかだな」
なんだか、嫌な感じの人だな。
別に客室のアンティークの価値なんてわからなくてもそういう気分に浸れればいいんじゃないかと思うし、何を使うかなんて千晴さんと朱音さんで決める事なのに。
「その他にも色々あるけどねえ」
朱音さんもため息をついた。
「お断りする事とかはできないんですか?」
「それが、まあ色々あって出来ないんだよ。うちの実家の常連さんだったりもするし、ここを始める時に出資をしてくれた方たちでもあるからな。理由はおいといても俺のことを気に入って下さってるのは事実だし」
「でも、こういう話は空流君の前でする話じゃないわ」
「そうだな。ごめんごめん」
「とりあえず、明日いらっしゃるお二人の言動はあまり気にしないようにね。何か困ったことがあったらすぐに言ってちょうだいね」
「はい」
とりあえず迷惑なお客さんだってことはわかった。
話し掛けられでもしない限り僕がお客様と直接話す事はないから心配ないとは思うけど。


翌日、予定のチェックイン時間を過ぎてもなかなか日高食品のお二方はいらっしゃらなかった。
一人で庭の掃除をしながら、キャンセルなんじゃないかと思い始めたころ、やっとそれらしき車が見えた。
あわてて離れ1階にある事務所へと千晴さんを呼びに行く。
でも千晴さんは電話中で、お二人が来た事だけ伝えると電話を受けながら紙に書いた。
『朱音も今ちょっと出てるから、出迎えは空流君に頼んでもいいか?俺もすぐ行くから、すまないけど頼む!』
頷いて、外に出る。
ちょうど車が敷地に入ってきたところだった。
社長と奥様が車からおりて、社長さんが運転手さんに迎えは明後日の朝に、と伝えると車は去っていった。
社長さんの方は太ってて髪の毛もだいぶ薄くなってる中年を過ぎたくらいの男性。
奥様の方は骨と皮しかないくらい痩せてて、キツイ感じ。
それでも、大事なお客様だ。
「ようこそいらっしゃいました、長旅でお疲れでしょうから中の方へどうぞ。オーナーもすぐに参りますので」
そう言って母屋へ歩き出す。
お二人よりも少しだけ前をあるいて、先導する。
「こんな若造に出迎えをされるとは、私たちも落ちたもんだな」
「本当ね。千晴さんも朱音さんも私たちに恩があるのを忘れてるんじゃなくて?」
後ろからそんな会話が聞こえる。
嫌な感じだな…。二人とも手が離せないだけなのに。
「君、年齢はいくつだ?」
突然、話し掛けられた。
「はい、今18です」
年齢を偽るってことも千晴さんたちと話し合って決めた事だ。
「高卒か」
二人が顔をしかめるのがわかった。
返す言葉が見付からなくて、何も言えなかった。
高卒ですらありません、と言ったらこの人たちはどんな顔をするんだろう。
学歴なんかなくたって立派な人はいっぱいいる。

母屋の受付カウンターまでご案内すると千晴さんが追いついてきて、僕はお役御免。
一礼をして、その場から去ろうとした。
「ああ、君」
呼び止められて、振り向く。
「君はいつからここで働いてるんだ?」
「半月ほど前からです」
「バイトか?」
「いえ、住み込みで働かせていただいてます」
「名前と出身地は?」
なんだか、尋問されてるみたいだ。
「日高様、そのようなことはよろしいでしょう?お部屋の方へご案内します」
千晴さんがさえぎった。
「千晴、なぜ彼を雇ったのかぜひ聞かせてもらいたいな」
「別に理由はありません。働きたいという人を拒みはしませんから」
「でも募集広告をだしてるわけではないだろう?誰の紹介だ?」
何でこの人はそんなに根掘り葉掘り聞くんだろう。
「断れない人間からの紹介か。どこの隠し子だ?」
「日高様!!」
こぶしをぎゅっと握った。
大丈夫、このくらいじゃ怒らない。
ずっと馬鹿にされつづけて、我慢して生きてきたんだから。
「そろそろ、失礼してよろしいでしょうか?」
何も答えは返ってこなかったから、一礼をして勝手にその場を離れた。

庭の掃除へと戻る。
竹箒を握っていた手を離すと、赤黒い染みが箒についてた。
不思議に思って自分の手のひらを見ると、血が出てる。
さっきこぶしを握り締めたときの爪痕だった。