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真・三国志 蜀史 龐統伝<第一部・劉備、蜀を窺うのこと>

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其の弐 劉璋、劉備を歓待するのこと


 劉璋軍に従い、劉備軍は蜀に入った。蜀に入る道中、意外にも張松と孟達が単身で劉備軍を訪れた。彼らの言葉によれば、蜀内部でも思惑が交錯し、王累という文官が劉璋の手によって刑に処されたという。王累だけではなく、劉備の入蜀に反対する声は当初の予想よりも大きく、蜀を得るは困難だという。
 だが、それを聞いて表情を曇らせた劉備とは裏腹に、龐統は涼しげな表情で張松と孟達を見据えていた。
「……軍師殿のお考えは?」
 張松がそう声をかけると、今まで黙っていた龐統はゆっくりと口を開いた。
「問題ない。私と諸葛亮はそれを前提に策を練っていたからね。対策も当然準備済みだよ」
 あまりにもあっさりと言ってのけた龐統に、張松は呆気にとられる。対照的に、孟達は大声を上げて笑い始めた。
「はっはっは、それもそうだ。天下の臥竜と鳳雛が、この程度の差異を見越していないなんてことはありえないな」
 孟達は有能な将であり、人物評は出来ずとも状況を見極める術を持っていた。龐統、諸葛亮の同号である臥竜・鳳雛。共に襄陽の隠士・司馬徽のもとで学んだ二人の名士のことも、当然のように聞き知っていた。
 それだけに二人の性格も知性もついでに度胸も、よく知っているのだった。
「貴公の武勇とて私たちの知に劣りはしないだろうに、謙遜しなさるな」
 龐統も親しげに孟達と接する。その二人の様子を眺めながら、張松は密かに複雑な気持ちを抱いていた。
(……天下の鳳雛こと、龐統か)
 もともと、龐統と孟達の仲がよいことは張松も知っていた。張松が成都で劉璋を諌めている間、法正と孟達は使いとして劉備を訪ね、龐統とも面会を果たしている。だが、同様に張松、孟達、法正の三人もまた、酒を酌み交わし、天下の情勢を語り明かした仲である。
 張松も、龐統の見識の深さや荊州で会った諸葛亮の策謀の数々には感服する思いだったが、その人柄にまで目を向けようとはしなかった。張松は野心が大きい。彼は、龐統、諸葛亮を上回る手立てはないかと模索するようになっていった。
 しかし、張松の二人の友人は違っていた。孟達は旧友との再会を喜び、法正もまた、諸葛亮や龐統の言葉に感銘を受けている様子であった。二人が自分とは正反対の方に思考を展開したことを知り、張松は自分だけが取り残されているような、そんな気分になっていたのだ。
(何とか彼らを出し抜く方法はないものか……)
 ほんの小さな嫉妬ではあったが、張松の心には確実に不満が蓄積していた。


 劉備が蜀に入ったその日のうちに、劉璋は祝宴を催した。豪華絢爛なその席には劉璋の将や文官を差し置いて、劉璋に最も近い上座に劉備、その向かいに龐統、隣に魏延、黄忠と続く。その隣には法正、張松、孟達の三人が腰を下ろし、上機嫌の劉璋が宴の開始を宣言した。
 それから二時間ほど経った頃、龐統は隣で無心に料理を貪っている魏延に耳打ちした。
「劉璋殿は大分酔いが回っている。こんな手段での解決は、劉備殿が喜ばないだろうが無駄な血を流させたくも無い」
「……軍師殿、何が言いたい?」
 魏延のその言葉に龐統は答えず、代わりのようにすっと手を挙げた。がやがやと騒がしかった宴席が少々静かになり、皆が龐統に注目する。
「こんな素晴らしい宴は初めてだ。我々からも何か礼をしなくてはと思うんだが、劉備殿、どうだね?」
 それほど大きな声ではなく、しかしその場にいる全員に聞こえるように、龐統が劉備に問いかける。酒に強い龐統とは違い、既にすっかり出来上がってしまった赤ら顔の劉備は、一も二も無くあっさりと頷いた。
「うむ、確かにそうであるな。これほどの歓待を受けたのだ。何か礼をせねばなるまい」
「しかし、あっしらは知っての通り流浪の集団。残念ながら劉璋殿に差し出せるような金品は持ってない。代わりに――」
 そこで龐統は隣の魏延に目配せをする。
「この劉備軍の猛将、魏文長の剣舞を披露させていただきたい!」
 パラパラとまばらな拍手が起こる。蜀の将らの多くは、自分達に得がないと分かるや、ほとんど興味を失ったようであった。龐統にしてみれば都合がよい。気のない拍手の中、唯一力一杯の拍手を送っていたのは、お人よしの劉璋。それもまた、龐統にとっては都合がよいことの一つであった。
 龐統の策は単純なものである。
 剣舞と銘打って魏延に刀を抜かせ、酒に酔った諸将らが気づくより早く、この場で劉璋を討ち取ってしまおうというのである。それが龐統なりの、無駄な血を流さない解決策だった。だが、多くの諸将らが酒に酔っている中、蜀将の中にたった一人だけ、龐統と魏延の企みを察知した者がいた。
 張任である。
 魏延が剣舞のために刀を抜くのとほぼ同時に、張任は宴席からゆっくりと立ち上がり、魏延に歩み寄った。
「魏延殿、ただ一人で剣舞を舞ったところで、貴殿は楽しめないであろう? 是非私と共に舞い、どちらがより美しく舞えるか競い合おうではないか」
「……では、よろしく願おう」
 張任の言葉に魏延は渋々と言った様子で頷く。だが、張任の目は、既に魏延を離れ、龐統を睨みつけていた。
 龐統は平然と酒をあおりながらも、張任のその視線の意味に瞬時に気づき、内心で悪態をついた。張任は、龐統の企みを看破したうえで、下手に真実を口にせず、魏延と共に剣舞を舞うことで牽制しようとしているのである。
 正しい判断だ、と素直に龐統は感心した。
 この宴席でいきなり劉備は劉璋の命を狙っている、と言ったところで、上機嫌の劉璋が腹を立てるだけで、解決にはならない。下手を打てば、王累と同じ運命を辿ることにもなりかねない。
 だからこそのこの判断であった。魏延も、さすがに張任がいては自由に動けまい。龐統がそう考え、魏延に声をかけようとした瞬間、ほんの数瞬早く、魏延と張任は剣舞を始めた。

 互いの思惑を抱えたまま、二人は静かに舞う。

 魏延が左へ動けば張任が右へ、張任が頭を下げれば魏延が上げる。

 驚くほどに息の合った二人の剣舞は、しかし美しさとは程遠かった。

 呼吸の一つ一つまで同じであるように錯覚するにも関わらず、それは二人の間に一欠けらも親しみがない事を感じさせた。

 それはまるで、熟練の武人同士が剣を交え、終わることの無い一騎打ちをしているかのような、緊張感に満ちていた。

 その緊張感に、先に根を上げたのはよりにもよって二人の君主であった。
「「もうよい、もうよい」」
 劉備と劉璋が声をそろえてそう言うと、魏延と張任は無言のまま舞をやめ、席に戻った。
 劉璋は額に浮かんだ汗を拭い、劉備に向かって作り笑いを浮かべる。
「す、素晴らしい剣舞であった。さすがと言うほかない。……ところで、私は少々疲れた。すまぬが劉備殿、この祝宴はこれまでとさせてもらいたい」
 劉備は素直に頷き、祝宴はなんとも後味悪く幕を下ろした。


 その晩、寝室として劉璋が用意した部屋に入った劉備は、休息もそこそこに龐統を呼びつけた。龐統が何食わぬ顔で現れると、劉備は疲れたような表情で声をかけた。
「……龐統、なぜあのようなことをした?」
 龐統は少しだけ、周囲を気にするように見回した後、答えた。
「この蜀を得るため、そして殿の天下のためです」