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ほしのひかり

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 勝手なひとだな。
 きみは不具なのだからと言って捨てていくのとどう違う。君は勝手な人だな。そしてわたしも同罪だ。君を否定しなかった。勝手なひとだなしかし。たしかにわたしはここで生きていけてそして君には無理なのだろうがだからといって。ここで生きていけなくて、駄目なのは君のほうだが、捨てたのはわたしではなくて君だ。勝手な人だな。そして僕も同罪だ。くりかえされる思考。どうやら傷ついている。
 きみは。
 勝手なひとだ。
 みあげる、首、どうも体が痛いようだ、体なんてないくせに今はもうないくせに痛いようだ、表皮が裂けている。体がないくせにそんなことを考えていること自体が幻想なのだが。ということはそれはわたしの表皮ではない。表皮が裂けている。ということは体液がたりないということで、それを作らなくてはならない。勝手だなあ、きみも、わたしも。
 わたしをすてていくんだね。そしてわたしは君をすてた。
 まるくひかる、黄色く見える、近い星。止まっている。近い星だけれど遠い。
 ひかる。
 闇だここは。そのなかでひかる。ひかる――
 星?
 自分を見下ろし、黒い地表を見下ろし、それから植物を見て、植物たちの合間から外を。
 りりりりりりりりりりりりりりりりり。

 少年は走る。塾の事務室には先生たちの影。少年はかけおりる階段。コーヒーの匂いと笑い声が疎外。少年は走る。挨拶をしない。扉で隔てられた、光源と、せまる夜。おいていかれたように走る。バスを。
 バスを待つ。バス停、月が遠い。バスを待つ長い時間。おいてきぼり。バスが来る。知らない顔。バスに乗る。バスを降りる。
 せまる山、木々。
 少年の家はすぐそばだ。まわりじゅう濃い色をした山々がとりかこむ。月はずっと近付いた。しんとしずまった団地をみおろし、それから走る。
 少年は走る。木々の上に月。きいろくまるいひかり。こころのかたちに似ている。薄闇の電灯。水の匂い。走る。
 りりりりりりりりりりりりり。

『星の声を聞きましたか?』

 山の入口にうずくまる、それ、に、月の光がふりかかる。それは月を見上げる。そろそろと移動して降りてくるそれ。人里までおりてくる。木々の隙間から、人里が見える。それは木々を見る。それにとってそれらは異物だが、異物でなくすることは不可能ではない。だからこそここに投げ落とされた。ここに。
 それの目には光が見えている。光を懐かしいように感じている。近づいてくるものを感じる、近づいてくるものは、光とともに動いている。それは、木々の間から近付いてくるものを見る。闇だ、ここは、夜だ。
 ひとがくる。ひとが光とともにくる。
「……だれ?」
 ひとが聞く。
 少年は白いシャツに黒いズボン姿で、それは制服だ。詰襟、ここから一番近い中学校の制服だ。黒い肩掛け鞄も学校指定のものだろう、中学生たちはぎっしりと重そうなその鞄を軽々とかかえて毎日学校に通う。短く刈った髪は規定どおり。白いスニーカーも規定どおり。身長も規定どおり、体形も規定どおり。溝川を挟んで向こう側にある団地の境目、向こう側に広がる木々に向かって呼びかける。
それ、は、呼びかけにどう答えるべきか思案する。彼にこの姿はどのように見えるのか。彼は危害を加えないと言い切れるか。危害を加えられるとして、それはどのようなものなのか。どのように対応すべきなのか。りりりと頭の中で音がしている。それと同時に、捨てていった相方の事も考えていて、注意力が散漫なのだ。どう対応したらいいものか。
「……うごけないの?」
 見上げて少年が言った。
 少年が光っているのではなく、少年の制服のポケットが光っているようだった。どうも懐かしい光で、それは目を細める。ねえ、と少年が言った。
「眠くて眠いのに体は起きてでも頭の奥は寝てて、でも全部は寝てないような感じって分かる?」
 それは、少年を見た。木々のむこうに電灯の光もあるが、その光は夜の闇に酷似していて、何の役にもたっていない、それにとっては。
「分かるよ」
 それは、返事をした。
 少年の発音に似せた空気の振動で返事をした。
「そう、じゃあ気が合うし、それにあんた人間だな」
「なんで人間だと思う?」
「喋ってる」
「言葉を操るものは人間か」
「俺のしるかぎりではそうだよ」
 それ、は首をかしげ、それからもう一度少年をまじまじと見た。見たが、少年の抱える光をはなつ何かに邪魔されて、少年自体はよく見えなかった。
「……じゃあわたしからも質問だ」
「どうぞ」
 それ、空気、木々、溝川、フェンス、空気、少年。声が響き、伝わる。月、アスファルト、団地、山、腐葉土、電灯。少年はじっと立ち、それは、少年をじっと見た。
「人間の本質とは何だ?」
 少年は首をかしげ、それから森の中を覗き込んだ。
「あんた、だれ?」
「誰だろう」
「それとも、何、って言ったほうがいいの」
「さあ、何だろう、君はわたしを人間だと思うか」
「さあ」
 少年は首をかしげる。それから、低いフェンスによっと足を掛け、溝川を一気に飛び越えた。境界を飛び越えて、すべる腐葉土を慎重に踏み、一番境に植わった木を掴んだ。それから、覗き込んだ。
 それ、は、少年を見、それからずるりと慎重に身を起こし、動いた。
「……別に人間じゃなくてもいいけど」
 飛び越えた時ぽんと鞄が跳ねて、少年はそれを抑え、バランスをかるがると取って立った。それは少年を見る。感情の震動を感じるが、それには感情の震動の表現法は分からない。
「……りりりりりりりり」
 少年が呟き、それはまた首を傾け、それから唱和する。耳の中で聞こえる音と、少年の声と。
「りりりりりりりりり、りりり、り、り」
 響く。
作品名:ほしのひかり 作家名:哉村哉子