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八国ノ天

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「私たちの国しかないなんて、なんか寂しいですね。世界があるのなら他の国も見てみたい気もします」

 道のいたる所で行商人が荷台の上に魚、果物、団子といった食べ物や履き物を並べ、道行く人に声をかけていた。
 佳世は通り過ぎていく人の足元を見た。
 佳世たちと同じように革製の靴を履いている者はほとんどなく、多くが草履やわらじを履いていた。
 あきらかに佳世たちの格好は裕福な部類に属していた。
 城で暮らしていた時、佳世は庶民の暮らしはかなり質素なものと聞いていた。しかし、目の前の人々は活気にあふれ、とにかく笑っている印象が強い。
 質素で貧しくとも、明るく前向きに暮らしている姿に佳世は元気づけられる思いだった。
 佳世にはもう一つ気付いた事があった。時々、すれ違う若い天狗の男たちの事だ。彼らはすれ違いざま、十夜と十真をちらちらと見ていた。どうやら、顔だけでなく翼も見ているようだった。同じ天狗と言っても、十夜たちの真っ白に透き通った雪のような翼を持った者はいない。誰の目から見ても十夜と十真の翼は、彼らと見比べても立派だった。
 佳世は思った。恐らく天狗にとって、翼は魅力の一つなんだろう。
 そのような様子を眺めながら更に道を進むと、やがて大きな島が右手に見えてきた。
「あの島は何ですか? 人が住んでいそうですけど」五〇〇メートルほど先に見える島を指差しながら、佳世が尋ねた。
「あの島は田霧島ね。たしか、あの島は大規模な遺跡があって発掘が盛んに行われてるんだって。でもね……」
 十夜がそう答えたところで――、
「あの島には誰も近づかないよ。あそこは罪人と奴隷しかいない。あの島は呪われてるさね」
 そう答えたのは見知らぬ中年の女性だった。後ろ髪を結いあげ、着物を着たその女性は、自分は宿屋の女将であると言い、すぐ後ろに建っている木造二階建ての大きな宿屋を指差した。
「田霧村……」櫛は小声で言った。
「おや、あんた村のこと知ってるのかい?」
「いえ……名前だけは聞いたことがあります」
「ほう、そうかい。とにかく、ここは観光地としては景色も良くてね。温泉もあっていいんだけどねぇ。あそこは物騒さね」
 女将は相手を気遣う様子もなく、はきはきと話し続ける。
「そうそう、あんたがた宿を探してるんだろ? ウチを使いなよ。最近、この辺も物騒になってね。人がさらわれるって話だよ。なんでも、あの島に奴隷として連れて行かれるってさ。特に、あんたみたいな子がね」
 佳世は少し怯えた様子で十真の背後に隠れた。
「女将、あんまりウチの子を脅かさないでくれよ。それで、その話は本当なのか?」
「おぉ、これはすまないね。脅かすつもりは無かった。話は本当だよ。つい先日も近くで旅の若い娘が行方不明になって見つからずじまいさね。とにかく、昼夜関係なく一人で出歩かない方がいいよ。ウチの宿にいれば安心さね。旨い酒に近海でとれた海の幸も用意してるよ」
「どうする? 櫛」官兵衛が無精髭をさすりながら、問いかける。
 櫛は佳世を見た。佳世はこういった話が苦手なのか、早くどこか安心できる場所に行きたそうだった。
「今日は、ここにお世話になりましょうか?」櫛は後ろの女性三人を見た。
「私はいいよ。佳世は?」十真の問いかけに、「はい、大丈夫です」と佳世は答えた。
 何が大丈夫なのだろうと思いつつ、十真は十夜にあなたはどうなの、と問うように目線を送る。
「ね、あなごってあるのかな。美味しいよね」十夜はすでに泊まる気でいた。
「よし、じゃあ決まりだな。今日はここにしよう。十真の好きな酒もたくさんありそうだしな」
「失礼だなあ。官兵衛に言われたくないよ。佳世も飲むよね?」
「まぁ、ほんの少しなら……」
「みんな、ほどほどにね」櫛は優しく微笑みながら言った。
「どうやら、話がついたようだね。それじゃご案内さね。さあさあ! 五名様ご案内だよー!」
 その晩、佳世たちはゆっくり体を休めた。

 翌朝。
 一行はテーブルを囲んで脚を崩しながら、食後の一時を過ごしていた。二階角部屋の窓から入ってくる風が清々しい。
「昨日の夜も話したが今日、俺と櫛は馬車を見てくる」
「私たちは木沙羅王女とキアラの捜索ね」十真は十夜の顔を見る。
「佳世、一人になるけど、昨日の女将さんが言っていたように、宿にいてもらうのが最も安全だと思うの。夕方前には十夜と十真も帰ってくるしね」櫛は言った。
「はい。私は外に出ないよう気をつけますので、皆さん安心して行ってきてください」

 皆を送り出した後、佳世は一人で部屋に残って窓から外を眺めていた。
 油蝉がひとしきり鳴いている中、街道は今日も賑わっていた。この様子だと一人で外出しても大丈夫かな、と出歩きたい衝動に少し駆られたが約束を優先することにした。
「おや、佳世ちゃん一人かい?」振り向くと部屋に入ってきたのは、女将だった。
 佳世が他の者は外出していることを話すと、
「そうなんだね。一人で留守番は寂しいだろうから、他の部屋の掃除も終わったら、あとでお茶とお菓子を持ってきてあげるよ。そうそう、お菓子なんだけどね。この辺りでもめったに手に入らない『西都』のお菓子があるんだよ。みんなには内緒だよ」
 佳世がお礼を言うと、女将は部屋を出て行った。
 佳世はもう一度、外を見た。街道の先、少し離れた所に島が見える。
「田霧島……」
 改めて見ると、島全体が森に覆われているようだった。だが、あきらかに人が住んでいる事は明白だった。なぜなら、昨日もそうだったが、白煙と黒煙が何本も立ち昇っていたからだ。恐らく、遺跡の発掘に関係しているのだろう。
 佳世は光明ノ書を手にして、木沙羅とキアラのことを考える。
(今、どこにいるの? 早く会いたい……)

 佳世が物思いに耽っていると、いつの間にか時間が経っていたらしい。
「佳世ちゃん、いるかい? お菓子を持って来たさね」女将がお茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。「ほらほら、早くこっちに来るさね」
 佳世は書を懐に入れ女将の所へ行くと、座布団の上に座り足を崩した。
「はい、どうぞ。まずはじめに、お菓子を食べてみると良いさね。その後にお茶を飲むと格別なんだよ」
「そうなんですね。美味しそう。十夜さんたちにも食べさせたかったな」
 三日月のような目を浮かべながら、竹へらでお菓子を切って口に運ぶ。
「どうだい?」
「甘いし、さわやかですね」
「そうだろう? 佳世ちゃんに喜んでもらえて良かったさね。さ、お茶をどうぞ」
 そう言って女将は、佳世の目の前に置かれたお茶に手を伸ばし、差し出す。
「……いただきます」
 佳世は戸惑いながらもお茶を口に運ぶ。甘くなった喉を潤していく。
「……? どうかしましたか?」
 佳世はじっと見ている女将に気付くと、照れくさそうに言った。
「いや、あまりにも美味しそうに食べているからね。ついつい、見とれとったさね」
「そうな……んです……か……」
 佳世は強烈な眠気を感じた。目眩もする。女将が何か言っているみたいだが、声は遠のくばかりだった。
 湯のみがテーブルに転がり、テーブルの上で行き場を失った茶の湯が床へ雫を垂らす。
 女将は佳世の頬をぺちぺちと叩いた。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛