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 自分の写真を見て、そう呟く。説明し難い孤独感が、沙織を襲っていた。
「ただいまー」
 そこに、元気の良い母親の声が響いた。
「お母さん!」
 いつにない孤独感を感じていた沙織は、思わずそう叫ぶ。
「なんだ、沙織。帰ってたの? 今日は早いわね。あ、あんたの雑誌送られてきて、見たわよ。すごいじゃない! 最初、沙織かどうかわからなかったわよ。でも、綺麗に撮れてるじゃないの」
 母親独特のマシンガントークが炸裂する。
「うん、私も思った」
「夕飯は食べたの?」
「まだ……」
「じゃあ、今から作るから」
 そう言うと、母親はすぐにキッチンに立つ。
「あ、ねえ、お母さん。鷹緒さんが結婚してたって、知ってたの?」
 思い出して、沙織が尋ねる。
「ああ、もちろん知ってたわよ。沙織は知らなかったっけ? そっか、その頃はもう、あんまり交流なかったし、あんたも小さかったからね……」
「うん。それ聞いて、びっくりしちゃって。鷹緒さん、そんな風に見えなかったからさ……」
「まあねえ……でも、あんまり長くは続かなかったみたいよ」
「え、そうなの? 離婚してるの?」
 沙織は興味津々で、母親を見つめる。
「確かそうよ。まあ、結婚自体あまり知らせてなかったみたいだけど、私たちは叔父さんの葬式で会って知ったのよね……そうよ、写真も残ってるわよ」
「嘘、見たい!」
「なあに。なにかあるの?」
 興奮気味の沙織を、母親が不思議そうに見つめている。
「ううん……だってあの人、謎だらけなんだもん」
「まあ、そうかもね……アルバムが入ってる棚にあると思うわよ。十年くらい前のだったと思うわ」
「十年、そんなに前?」
「そうよ。確か鷹ちゃん、十代の頃でしょ」
「へ、へえ。なんか歴史が……」
「そうよ。だからあんたもフラフラしてないで、真面目にしなさいよ」
「ハイハイ……あ、あった!」
 十年前のアルバムを開いて、沙織が写真を見つける。とある葬祭場で撮られた写真だが、親戚一同が揃っている。
 幼い沙織たちに混じり、若き鷹緒とそれに寄り添う女性がいた。鷹緒は飛び抜けて背が高く、まるで芸能人のように輝いて見える。
「うわ。鷹緒さん、すっごくカッコイイ!」
「そうよ。鷹ちゃん、モデルだったんだもの。相手の女性もモデルだったみたい。鷹ちゃん、ママから見てもカッコイイと思うわよ。沙織だって小さい頃は、鷹ちゃんと結婚したいって言ってたじゃない」
「え、そうだっけ。覚えてない」
 母親の言葉に、沙織は赤くなって言う。
「まあ、鷹ちゃんは昔からモテてたからね」
 それを聞きながら、沙織は鷹緒の写真を凝視する。確かに相手の女性もかなりの美人で、スタイルがいい。沙織は言葉を失った。
「本当、だったんだ……」
 認めたくはなかったが、その胸の高鳴りに、沙織は自分が鷹緒に恋をしているのだと確信した。

 次の日の早朝。鷹緒が事務所に行くと、入口付近に一人の女性が立っていた。
「理恵……」
 鷹緒が女性を見て言った。女性は鷹緒を見ると、すぐに微笑む。
「久しぶりね。鷹緒サン」
「ああ……そうだな……」
 鷹緒は目を反らすと、眼鏡を正して奥へと入っていった。
「ヒロ」
 奥へ行くと、広樹が机周りをあさっている。
「ああ、鷹緒か。おはよう。早いな」
「まあな……」
「理恵ちゃんに会ったか? 久々だろ、話しでもしてろよ」
 書類をペラペラとめくっている広樹を尻目に、鷹緒は無言のまま、近くの机に腰をかける。
「……」
「なんだ? 遅かれ早かれ会うことになったんだ。さっさと打ち解けろよ。元の奥さんだろ?」
 広樹が言った。さっきの女性は、鷹緒の離婚した前妻であった。鷹緒は小さな溜息をつく。
「よりによって……」
「ヒロさん、まだ?」
 その時、女性が奥のデスクに顔を出した。鷹緒の別れた妻というその女性は、確かに元モデルというだけあって、すらりと背の高い美しい女性である。
 石川理恵(いしかわりえ)という、二十七歳のその女性は、鷹緒とは四年前に別れた以来、ほとんど会っていない。
「ごめん、まだ見つからないんだよ。ここに入れたと思ったんだけど……」
 机の引き出しから書類の束を出しながら、広樹が言う。そんな広樹に、見かねて鷹緒が口を開いた。
「なに探してんだ?」
「契約書だよ。この間、役員会でサインしたのが……」
「……あれだろ?」
 鷹緒が指差した先には、壁にかけられた大きな封筒があった。
 その封筒を目にして、広樹は照れながら封筒を取り上げた。
「お、本当だ。そうか、わかりやすいように壁にかけておいたんだった」
「相変わらずですね。ヒロさん、結構おっちょこちょいなんだもん。鷹緒も、物を見つける力は、相変わらず衰えてないみたいね」
 小さく笑いながら、理恵が言った。そんな理恵に、鷹緒は小さく溜息を漏らす。
「……おまえが、まさかうちの社長になるとはな」
「社長はヒロさんよ。私は副社長、モデル部担当」
 理恵が答える。理恵はもともと、モデル引退後にモデル事務所でマネージャーをしていた。しかし独立の話が持ち上がり、その中で広樹の事務所を共同経営することになったのだった。
 それは、広樹の事務所がモデルやタレントにも力を入れる傍ら、企画事務所としても成長してきたことや、鷹緒の力も手伝って、事務所が大きくなってきたことにあった。
「まさか本気とはな……」
 テーブルに腰をかけ、俯いたままの鷹緒が言う。
「だから話は進めるって言ったろ? でも、うちも助かるよ。モデル事務所じゃないのに、結構モデルも充実してきちゃってたから、管理も大変だろう? 理恵ちゃんは、ここしばらくモデル事務所でしごかれてきたわけだし、これから大きく広げるのに一任出来るよ」
 広樹はそう言って、歩き出した。
「コーヒーでも買ってくるよ。肝心な時に、冷蔵庫に何もないんだものな」
「え、じゃあ俺が行くよ」
 バツが悪そうに、鷹緒が言う。
「馬鹿言え。たまに会ったなら、ちゃんと話せば?」
 広樹は意地悪げにそう言うと、事務所を出ていった。
「ったく、あいつ……」
 鷹緒はそう言うと、応接用のソファに座り、煙草に火をつけた。
「相変わらずだね、鷹緒。私が苦手?」
 目の前に座り、苦笑しながら理恵が言う。
「……苦手だな」
「ひどーい。じゃあ、なんで結婚したのよ」
「アホか、いつの話だよ。でも……ちゃんとやってんのか? 恵美は?」
「うん、元気よ」
「そうか……」
「……ごめんね。まさか鷹緒の事務所に来るなんて思ってなかった。初めは、ただ独立したいってヒロさんに相談しただけだったんだけど、その後ヒロさんから共同経営の話を持ちかけられた時、戸惑ったんだけど……まだ一人じゃ不安で、お言葉に甘えちゃった」
 理恵の言葉を聞きながら、鷹緒は煙草をもみ消す。
「……いいんじゃない? ヒロはヒロで、社長として事務所のこと考えてるんだ。デメリット背負ってまで、おまえに話は持ちかけないだろう。俺は一社員だ。経営陣がどうなろうが、関係ねえよ」
 鷹緒の言葉に、思わず理恵が苦笑する。
「相変わらずだね。でも経営陣に私が入るってことは、あなたの仕事に口出し出来るってことだからね」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音