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9、発覚




「……俺の子供だけど?」
 静かに鷹緒が言った。
「え……う、嘘でしょう?」
「嘘じゃねえよ。なんだ……母親から聞いてるんだと思ってた」
 鷹緒はそう言って頭を掻くと、部屋から出ていこうとする。思わぬ事実を突きつけられ、沙織は驚いたまま、ぼそっと呟いた。
「何も……聞いてなかった……」
「……あっそ」
 鷹緒はそう言うと、部屋を出ていった。沙織もそれに続いてリビングへ向かうと、俊二がスタジオからやってきた。
「あ、鷹緒さん! すみません、勝手に……」
 申し訳なさそうに、俊二が言う。
「どうしたんだ? こんなお邪魔虫まで連れて……」
 未だ眠そうな鷹緒が、小さく溜息をついて言った。俊二はバツが悪そうに口を開く。
「それがその、忘れ物しちゃって……あと、鷹緒さんの様子を見に。沙織ちゃんも心配していたんで、一緒に連れて来ました。事後報告になりますが、社長にも了承済みになっていると思います」
「ふうん……」
 電話に起こされ、鷹緒は不機嫌そうにソファに座る。
「あ、あの、鷹緒さん……」
「俊二。おまえ、フィルム忘れるなよ」
 その時、恐る恐る言いかけた俊二に、鷹緒が遮ってそう言った。
「え!」
 俊二がびっくりして声を上げる。
 鷹緒は目の前のテーブルに置かれたパソコンから、カメラのメモリカードを取り出し、近くに置いてあったフィルムと一緒に、俊二に差し出した。
「ああ、鷹緒さんのところにあったんですか! もう、どうしようかと思いました。すみません!」
 深々と頭を下げて、俊二が言う。鷹緒は苦笑しながらも、優しく微笑む。
「もう、二度と忘れるなよな」
「はい。本当にすみませんでした! ああ、でもよかった。どこを探してもないから……」
「俺のカメラそっちに取りにいったら、そいつが置かれてるの見たんだ。データ見たら、昨日のだろ? 届けようと思ったんだけど、そのまま寝ちゃってさ……」
 鷹緒はそう言いながら、もう一つカードを差し出した。
「え……」
「バックアップついでに、ちょっとレタッチしといた。まあ、おまえの仕事なんだから、暇つぶしにやっただけだし、使わなくていいからな」
 そんな鷹緒の言葉に、俊二はまたも驚く。
「え、編集してくださったんですか? 本当にすみません、睡眠削っちゃって……でも、助かります。明後日までの締切なのに、何も手をつけてないんじゃ間に合わないですから……すみません!」
「いいって。体質的に、目の前に素材があったら、いじりたくなるんだよな……」
 鷹緒が、苦笑して言う。
「ハハ、病気ですね……ありがとうございます。徹夜で仕上げます」
「明後日までの仕事だろう?」
「でも別の仕事が溜まってるんで、早目にやっておかないと……あと、車は僕が乗ってきたんで、駐車場にあります。これ、鍵です」
 俊二はそう言って、テーブルに鍵を置く。
「ああ、サンキュー」
「じゃあ、帰ります。沙織ちゃんは……」
 フィルムとカードをしまいながら、俊二が沙織に言った。
「あ、私……」
「いいよ、俺が送るから……」
 小さく息を吐きながら、鷹緒が言う。
「そうですか。じゃあ、僕はお先に失礼します」
 俊二はそう言うと、鷹緒の部屋から出ていった。
 残された沙織は、ソファに座ってうなだれる鷹緒を見つめる。
「……コーヒー入れてくれる?」
 沈黙を破って、鷹緒が言った。
「う、うん……」
 沙織は言われるままに、キッチンへと向かう。広いキッチンだが、あまり使われていない様子だ。
「豆は棚の中。そこにコーヒーメーカーがある」
 部屋の勝手がわからない沙織に、背を向けたまま鷹緒が言う。沙織はコーヒーを入れ、鷹緒のもとへと持って行った。
「はい……」
「サンキュー」
 鷹緒はコーヒーを受け取ると、まぶたを押さえた。大分、眠気は取れたようだが、だるそうにしている。
「あの、ごめんなさい。ついてきたりして……」
 不機嫌な様子のままの鷹緒に、沙織が素直に謝る。鷹緒はコーヒーに口をつけると、軽く顔を掻いた。
「べつにいいけど……それで、何の用?」
「あ、あの、キャンディス見てびっくりしちゃって……」
「ああ、よく撮れてたろ?」
 静かに笑って、鷹緒が言う。
「うん……でも、あんなに大々的に載るとは思ってなくて、びっくりした」
「まあ、メインページだから仕方ないだろ。何か問題でもあった?」
「ううん。ただ、学校ではちょっとした噂になっちゃって……」
「ハハ。よかったじゃん」
「よかったのかな?」
 立ったままの沙織は、思い切って鷹緒の横に座った。鷹緒は何も言わず、ぼうっとしている。
「雑誌はおまえの家に、何部か届けてあるはずだから。あと、ヒロがおまえをモデルにってうるさいんだよ」
「うん、さっきも言われた。でも私、来年は受験生にもなるし……」
「なに? 興味ないんだ、モデルとか」
 鷹緒が、意外そうに尋ねる。
「興味がないわけじゃないよ。正直、楽しかったけど……でもすごく緊張したし、仕事としては考えられなくて」
「ふうん? まあ、俺はどうでもいいけどな……」
「なにそれ、ひどい」
「だって、選ぶのはおまえだろ?」
 いつもと変わらず、そっけない態度の鷹緒に、沙織は俯いた。
「そうだけどさ……」
「さあ、帰るか」
「あ、うん……」
 沙織は頷くものの、なんだか心が晴れない。
 鷹緒はコーヒーを飲み干すと、立ち上がって支度を始めている。そんな鷹緒に、沙織が口を開く。
「あ、いいよ。電車で帰る……今日は寝た方がいいよ。だるそうだし」
「いいよ、べつに」
「よくないよ。ちょっと辛そうだもん」
「……いいのか?」
「うん、まだ全然早いし。それより、さっきの話だけど……」
「さっきの話?」
 聞きにくそうに尋ねる沙織に、意味がわからず、鷹緒が聞き返す。
「だから、さっきの写真……鷹緒さん、本当に……子供がいるの?」
 沙織が言った。鷹緒はもう一度ソファに座った。
「ああ……その話か」
 面倒くさそうに、鷹緒は顔をしかめる。
「私、知らなかった……」
「……だからなんだよ。知ってたら、どうだったって?」
 溜息をつきながら、鷹緒が言った。その態度は今までと違い、強い拒否のようなものが、体全体で伝わってくる。
「どうって、べつに……」
「俺に子供がいようといなかろうと、俺がどういう人間だろうと、おまえには関係ないだろう? 親戚っていっても、大して交流もない親戚なんだから。もう帰れよ」
 いつになく冷たく突き放す言い方をする鷹緒に、沙織は驚いて俯いた。
「わかった。ごめん……」
 沙織はそれだけを言うと、急いで部屋を出ていった。
 残された鷹緒は、そのままソファに横になり、大きな溜息をついた。

 家へ帰った沙織は、ショックで落ち込んでいた。
 鷹緒が結婚していたということ、そして子供がいたという事実に、ショックを隠しきれない。そして沙織は、自分が鷹緒のことが気になっていたという気持ちに、気付かされていた。
「私……鷹緒さんのことが好き……?」
 自問自答を繰り返しながら、沙織はリビングの椅子に座る。目の前のテーブルには、沙織がモデルをやった雑誌「キャンディス」が、数冊置かれていた。
「私じゃないみたい……」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音