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Pure Love ~君しか見えない~

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4、正義




 そこに、真由美が修吾とともに戻ってきた。
「修吾」
 幸がすかさず声をかける。修吾も笑って幸に近づく。
「お待たせ。間に合ってよかった。どうだった? サークルは」
「お疲れ様。う、うん……よかったよ。人も大勢いたし」
「そっか。じゃあ、俺も入ろうかな。あんまり顔は出せないと思うけど」
「え……」
 二人が話していると、間に真由美が割って入ってきた。
「なに言ってるの。二人はもう、うちのサークルに入ってるわよ。修吾が和人君を誘ってくれたんだから、当然でしょ? さあ、行くわよ」
 相変わらず強引なまでの真由美の言葉に、修吾は苦笑し、幸も静かに笑った。
 いつの間に、サークル仲間だけでなく飲み会だけに誘われた人たちも混じっている。更に大人数に膨れ上がった一同は、そのまま近くの居酒屋へとなだれ込んでいった。

「カンパーイ! 和人君、今日は初講師ありがとうございました。そしてこれからもよろしく!」
 真由美の音頭で、一同はグラスを持ち上げる。和人は照れ臭そうにして、小さくお辞儀をした。和人と幸は遠い席で、和人は幸と目を合わそうともしない。そんな和人に、幸も自分自身に対する苛立ちを交えた、戸惑いを感じていた。
 しばらくすると、修吾の携帯電話が大音量で鳴った。
「ちょっと修吾、盛り下がるじゃん。携帯の音量は切っておきなよ」
 注意をした真由美に、修吾はすまなそうな顔をする。
「ごめん、実家からだ……もしもし」
 そう言いながら、修吾は席を立った。
「そういえば、幸と修吾のお祝いやってなかったね」
 突然、真由美が幸に言う。
「え? なんだよ、幸と修吾のお祝いって。恋人同士なのは、みんな知ってるじゃん」
「そうだよ。今更、付き合った祝い? それとも、デキちゃったとか!」
 事情を知らない仲間たちが、口々に言う。
「違うよ。実はね……」
「ちょっと、真由美」
 婚約の真相を言おうとする真由美を、すかさず幸が止める。
「なによ。どうせバレることなんだからいいじゃない。実はね……幸と修吾ってば、婚約しちゃいましたー! 拍手!」
 真由美の言葉に、幸は一番に和人を見た。和人は静かに笑いながらも、尚も幸のほうを見ない。ただ笑顔なだけで雰囲気に溶け込むように、まるで幸がそこにいないかのように、和人は微笑んでいる。
「嘘だろ。聞いてねえよ!」
「婚約って……マジかよー!」
 そんな和人とは対照的に、一同が盛り上がる。同じクラスの仲間も参加していたので、修吾と幸を知る者も多い。その話題は、野次や祝いの言葉となって幸に返ってくる。
 そこに、修吾が戻ってきた。
「お、なんだか盛り上がってるなあ」
「おまえのせいだよ、おまえの! 修吾、婚約したって本当かよ!」
「え、ああ……もうバレちゃったの?」
 照れ笑いしながら、修吾が席に戻る。
「ちゃんと説明しろよな」
「ごめん! 俺がいるってわかってても、幸のこと狙ってるやつ、たくさんいたの知ってる。だけど俺、我慢出来ませんでした。幸は俺の婚約者になったので、もう誰にも幸に触れさせません!」
 ペコリとお辞儀をしながら、冗談交じりに修吾が言った。
「ったく、この野郎──!」
 一同は、そんな修吾に向かって叫ぶ。
「しかも、こんな時ごめん。俺、もう帰らなきゃいけなくて……」
 修吾がそう言ったので、幸は修吾を見つめる。
「どうしたの?」
「いや、もうすぐ定期演奏会だろう? それなのに遅くまで遊んでるんじゃない、そんな暇があるなら練習しろってさ。親に痛いとこ突かれちゃって……」
「へえ。さすが、神童バイオリニスト!」
 一同が修吾に向かって言う。帰るななどと言うことが出来ないほど、一同は修吾に一目を置いていた。
「うん。だからごめん、盛り下げちゃって……幸はどうする?」
「あ、じゃあ、私も帰ろうかな……」
 修吾の言葉に乗って、幸が言う。修吾は頷くと一同に会釈した。
「悪いな、みんな。また明日。水上君も、ありがとう」
 修吾がそう言うと、和人も会釈をした。修吾と幸はそのまま店から去っていった。場はまたしても元の騒ぎに戻る。
“すみませんが、僕もそろそろ帰ります”
 幸が去って少しして、和人が隣の席の真由美に、そう書いたメモを見せた。
「え、どうして? まだいなよ」
 真由美の言葉に、和人は苦笑して、もう一度メモに走り書きをする。
“明日も早いので……”
「そう。わかった……」
 そう言って、真由美は和人のメモ帳とペンを借り、何かを書き始める。まだ手話で会話できるほど、真由美に知識はない。真由美はメモを和人に見せた。
“じゃあ、酔っぱらいばかりだし、このまま抜けちゃって。強引に誘ったりしてごめんね”
 メモを見て和人は首を振ると、真由美に会釈をし、そっと店を後にした。

 和人はここから数駅離れた場所にある、都立大学の文学部に通っている。進学と同時に親元を離れ、学校近くにある小さなアパートで一人暮らしを始めていた。同じ学校の学生も住んでいる上、大家さんも親身になってくれるので、初めての一人暮らしでも割と安心な部分が多い。
 駅に着くと、ちょうど電車が入ってくるところだった。和人は電車に駆け込み、帰宅ラッシュで満員の車内へと入っていった。
 少しして、和人は窓際に幸が立っているのに気がついた。まさか未だ電車に乗っていなかったとは思わず、驚きを隠せない。幸は和人に背を向けており、和人の存在には気づいていない。
 幸の後姿を見つめながら、和人は過去を振り返っていた。思えば、自分が生まれた時から一緒にいた幸だが、もう長いこと会っておらず、ずいぶん遠い存在になってしまったのだと気づかされる。
 和人が物思いに耽っていると、異変に気がついた。幸は小刻みに震え、キョロキョロと顔を振っている。その時、駅で電車が止まり、人波に押される形で、和人はドアのほうへと引きずられた。それと同時に、幸の姿が目に入る。幸の身体には男の手が伸びていた。
 痴漢だ──。思うより先に、和人は人波をかき分けて、幸のほうへと向かっていった。幸は窓際の手摺りに掴まったまま、何も出来ないでいる。

 バンッ! と、車内に大きな音が響き渡った。何人もの人が、その音の方向へと顔をやる。幸もまた振り向いた。
 するとそこには和人がいる。和人は幸のそばのドアを、片手で大きく叩いていた。そのせいで、ドアは大きく揺れ、尋常ではない音が車内に響き渡った。
 その音に驚き、幸の後ろにいた男が、とっさに幸から離れてゆく。和人がその男の腕を掴むと、男はそれを振り払い、逃げるように電車から駆け下りていった。
「ドアが閉まります」
 構内アナウンスが車内にまで響いた。アナウンスが聞こえていない和人も、急いで男を追いかける。そんな和人の腕を、幸が掴んだ。
 一瞬の沈黙の中で、そのまま電車のドアが閉まる。そのまま和人が進んでいたら、ドアに挟まれていただろう。男をホームに残して、電車はそのまま次の駅へと向かっていった。
 どうして追いかけさせてくれないんだとばかり、和人は真剣な眼差しで幸を見つめている。そんな和人に、幸は静かに微笑んで口を開いた。
「……ありがとう……」
 幸の口の動きを理解すると、和人は少し俯いて首を振った。