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性壁

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 私――川岡由美が本当は男なのだとカミングアウトできたら、どれほど楽だっただろうか。苦しみながら女子の様に振る舞うこともしなくていいし、もしかしたらこのような取材を受けなくてもいいかもしれない。女扱いされてしまうこの取材が、そして女である自分と一緒だと言っているこの記者が、由美は大嫌いだった。
「今、戦い終わったチームメートにはどのような言葉をかけてあげたいですか」
「お疲れ様、とだけ。今はそれだけです」言いながら、そんなことは後でいくらでも言えると思い、苦笑いを浮かべる。
「ありがとうございました。これからも頑張ってください」
「ありがとうございました」
 女性記者が締める。所詮地元紙の一記事だ。負けた試合の後とはいえ、思ったよりも早く取材は終わった。
 別れ際、秋ごろにまた取材をさせてほしいと頼まれた。確かに女子選手は珍しいかもしれないが、そこまでするほどのことなのかと由美は疑問に思った。しかし彼女は可愛らしい笑顔を作ると、快く承諾の返事をして記者から離れた。
 歩く足に力を込めながら、チームメートが集まっている場所へ戻る。こちらもインタビューが続いているのか監督とキャプテンはまだ戻ってきていなかったが、他の皆は全員揃っていた。
「まるでお通夜だな……」
 チームメートの様子を見て、由美は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。ある者は地面に座り込み、またある者は壁に寄りかかっている。ほとんどの選手に共通しているのは、俯いているということだ。学年に関係なく、肩を震わしている者が多い。先ほどの部員も、帽子を深くかぶって壁に向かってもたれかかっている。その様子から、何度か壁を殴っていたことが窺える。
 嫌でも負けたことを意識してしまう状況に、彼女は顔をしかめる。こういう気持ちになるためにここへ来たわけではない。彼女も皆と同じように座り込むと、俯く。しかし彼女は、これまでの思い出を再び思い出していた。また口元が緩む。声に出さず、ありがとうと口を動かした。
 しばらくすると、監督とキャプテンである村中が戻ってきた。プレーをしていない監督と並ぶと、村中が来ているユニフォームの汚れがかなり目立つ。そう思ってから、由美は自分のユニフォームを見た、当然ながら、それは真っ白だった。
「集合!」
 村中も先ほどの由美と同じようなことを思ったのだろうか。沈滞したムードを振り払うように、短く、低く、そしてはっきりした声を発した。だが、監督のもとに集まる部員の足取りは重いようだ。いつものようなはきはきした爽やかさはまるで感じられない。
 普段からすぐに話し始める監督も、今日ばかりはなかなか口を開かない。何を話したらいいか迷っているのだろう。待ちかねたのか、村中が小さな声で、お願いしますと囁いた。
「・・・・・・お疲れ様、とりあえずはそれだな。そして・・・・・・ナイスゲームだった」言葉を選ぶように、監督がゆっくりと話し始めた。「強豪相手に引けを取らない、本当に素晴らしい試合だった。村中も、最終回の本塁打はさすがキャプテンといった当たりだったな」
「ありがとうございます」
「久須美もナイスピッチングだったフォアボールも一つだけだったし、今までで一番の投球だったのではないか?」
 穏やかに、監督がエースである久須美に尋ねる。しかし彼は何も答えなかった。先ほどからずっと泣いているため、上手く言葉を発せられないようだ。
 その後も、監督は三年生一人一人に言葉をかけていく。キャプテンから始まり、エースに繋がったそれは、そのまま捕手、一塁手、二塁手・・・・・・と続いていく。そしてレギュラーが終わるとベンチ入りした控えの選手へと移り、最後はベンチを外れたメンバーとなった。大会に懸ける思いはレギュラー達とは少し違っていたのであろう彼らが一番泣いているのが、このチームの良いところだったのかもしれないと由美は思う。彼らが泣けば泣くほど、彼女の顔には笑顔が生まれる。
「由美」
 最後に由美の名前が呼ばれた。選手達にかけていた監督の声は次第に震えが強くなっており、由美という発音しやすい名前でなければ認識できなかったのではないかと思うほどだった。自分は何を言われるのだろうと身構える。
「三年間、思うようにいかないこともあっただろう。体力的にも精神的にも負担は大きかったと思う。本当に、三年間よく頑張った。由美の頑張りがあったから皆も奮起し、成長してくれた。ウチのMVPは、由美だ」
 最後の方はもう完全に監督も泣いていた。それにつられたのか、全員の鼻をすする音か大きくなった。
――やめろよ。必死に我慢したんだからさ・・・・・・
 由美は下を向き、肩を震わした。スタンドで泣いてから、もう泣かないと決めていたのだが、この状況は卑怯だ。
 性の壁というものが無ければ、今よりもさらに充実していたのだろうか。由美が男でなければ、このような苦しみを味わわなくてもよかったのだろうか。だが由美がもし女だったのならば彼らと一緒に野球をすることはなかったのだと思うと、複雑だった。
 ひとしきり皆が泣き終わると、監督から今後の予定が伝えられた。といっても、明日は練習が休みで、明後日は旧チームと新チームで行われる引退試合があるというものだ。この予定は毎年恒例だった。
「よし、解散しようか」
 泣き止んだのか、先ほどよりもしっかりした声で監督が言う。全員がそれに対して頷き、大きな円を作るようにして広がっていった。
 小指と小指を隣同士で互いに絡め、膝を屈めてしゃがむ。そこで一人がキャプテンに呼ばれ、円の中心に出て一言話して締める。それが練習終わりにチームで行うルーティンだった。
「由美!」
 不意に村中から名前を呼ばれる。自分が中心に出るのだと気がつくのに少し時間がかかった。
 苦笑いしながら中心に向かう。何か一言を言わなければならないが、全く考えていなかった。
作品名:性壁 作家名:スチール