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大人のための異文童話集1

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第9話 ピーターと狼



いつでも、だれにでも、ボクはこう言うんだ。

「ボクは…寂しくなんかないよ。」
「ボクは…泣いてなんかないよ。」

そうして夜が来ると、なぜだか目からは熱い汗がこぼれ落ちて来る。
そんなときは胸の奥のどこかが壊れてしまって、なぜだか凍えるほどに寒くなっている。


それでもボクは言う。

「ボクは…寂しくなんかないよ。」
「ボクは…泣いてなんかないよ。」

そして深い闇がやって来ると、ボクは奥歯をしっかりと噛み締めるんだ。
くぐもる声が外へと洩れないようにと、両の手をしっかりと握りしめながら。


ボクの顔を見たときだけは、みんながとても心配してくれるから“寂しくなんかないよ、泣いてなんかないよ”と。
そんなボクのコトバを聞けば、みんなが安心してきっと眠れると思うんだ。

だからボクは、いつでもふざけたように笑いながらそう言うんだ。

「ボクは…寂しくなんかないよ。」
「ボクは…泣いてなんかないよ。」

来る日も来る日も、ボクにできることなんて…それだけだから。

いつも胸の奥が寒くなるのは、寂しいからではないし、目からこぼれ落ちるのは汗なんだから、決して泣いてなんていない。
だから誰もボクを心配することはないんだ。

そんなことを繰り返していた夜、ボクは外を走る影を見た。

いつだったか、ボクも聞いたことがある、それは宵闇を翔る狼の姿なのだと。
その狼は、寂しがりで泣き虫を連れて行くんだって言っていた。

だけどボクは平気さ。
寂しくなんてないし、泣いてなんかいないのだから…。


ボクはいつものように、笑顔で応える。

「ボクは…寂しくなんかないよ」
「ボクは…泣いてなんかないよ」

そうしてまた、ひとりになると…ボクは膝小僧を抱えて横になる。
するとコトバには出来ないほどの痛みが、ボクのカラダの中を恐ろしいほどの速さで駆け巡る。

「みんなどこへ行ってしまったの?」
「ボク、どうしていつもひとりぼっちなの?」

心の中のボクがそう叫んだ時、アイツがやってきてニヤリと笑った。
そしてひとこと…こういったんだ。

「さあ、我慢しないで言ってごらん。」

ボクにはその声がとても優しく聞こえて、とうとう言ってしまったんだ。

「ボクはとても寂しいよ。ボクはこうしていつも泣いるんだよ」って。

するとアイツは、天にも届くような笑い声をあげたんだ。
ボクにはもう我慢の扉は閉められない。

ボクはとても恐ろしくて「とても寂しいよ。とても悲しいよ。」

何度もそう叫んでみたけれど、その声は消え去るようにソイツに喰い尽くされてしまう。
そしてもう…ボクの声は誰にも聞こえることはなかったんだ。