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そこにあいつはいた。

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其の十七.大丈夫だって。


 朝起きると、うっすらと頭痛が復活していた。
 でもまあ、活動できないほどじゃない。
 布団の上に起き上がって押し入れの中を見ると、神無の姿がなかった。
 慌てて見回したが、部屋のどこにも神無の姿はない。ポケットの中とはいえ身近に腕輪のある状態では、明るい光の下で実体化するのはさすがに難しいのだろう。
 だが、このくらいがお互いちょうどいいのかも知れない。少なくとも、昨日よりははるかに調子がいい。鼻歌なんか歌いながら階下におり、まずは朝のコーヒーを一杯飲もうと、コーヒーメーカーに水を注ぎ、粉をセットしてスイッチを入れる。
「あれ?」
 赤く点灯するはずのランプが、黒いまま光らない。
 首をひねりつつ何度かカチカチ押してみていたが、何の反応もない。どうやら原因が他にありそうだということに気付き、本体をひっくり返してあれこれ調べてみるうちに、コードの一部が何かにかじられたようにすり減って、中の導線が露わになってしまっていることが分かった。
「……ネズミだな」
 忌々しく思いつつ、引き出しにコンセントプラグの替えが無いか捜す。プラグがあれば線は短くなるが当座は安全に使用可能だ。だが、生憎プラグの買い置きは見あたらなかった。仕方がないので、少々危険だが内部の導線を繋ぎ、ビニールテープを露わになった部分に巻き付ける。新しい機械は早急に買うつもりだが、取り敢えず今朝のコーヒーは飲みたいのだ。
 コンセントを入れ、注意深く様子を見る。
 コポコポと、軽快な音をたててコーヒーがサーバーに落ち始めた。
 新しいコーヒーメーカーをどこで手に入れようか考えつつ、俺は顔を洗いに洗面所へ向かった。

☆☆☆

 家を出て、駅に向かい、電車に乗って、駅に下りて、商店街を抜けて、市庁舎に入り、エレベーターに乗ったところで初めて思い出し、俺は慌ててカバンから飯田の腕輪を取り出してはめた。
 せっかく飯田が好意で貸してくれた腕輪を、はめていなかったりしたら申し訳が立たない。

――しかし、何て言って断ろう。

 上階めざし点灯する階数表示を見上げる俺の頭に、飯田の言葉がリフレインする。
『除霊してもらおう。僕、そういう関係の知り合いいるから……お金、安くならないか交渉してみるよ』
 除霊なんかしなくていい。
 今の状態で、お互い干渉しすぎないように気をつけていれば、きっと共存は可能なんだ。
 だが、飯田は飯田なりに俺のことを心配して考えてくれている。その気持ちはありがたいと思うし、心配するのも無理はないと思う。
 飯田を傷つけないようにやんわりと断る言葉をあれこれ考えながら部屋に入り、パソコンを立ち上げてメールをチェックし始めた、その時だった。
「お……お早うございます」
 聞き慣れたどもり気味の挨拶がやけに切羽詰まっているような気がして、訝しく思いつつパソコン画面から顔を上げた俺の目に、髪はボサボサで頬には擦り傷、ネクタイをひん曲げ半分脱げかけたコートを引きずり、壁に手をついて息を切らしている飯田の姿が飛び込んできた。
「い、……飯田?!」
 その姿に、室長を始めとした課内の人間は騒然となった。
「一体どうしたんだ? 飯田くん!」
「ちょっと、何があったの? 暴漢に襲われたの?」
「え、……いえ、大丈夫です、何でもありません」
 駆けよってきた同僚達に曖昧な笑みを返しつつ、飯田は後方で立ち尽くす俺に目線を合わせた。
「飯田、お前……」
「おはよう、草薙さん」
 飯田は片足を引きずりながら自分の机の前まで来ると、力尽きたように回転椅子に腰を沈め、それから俺を見て、落ちくぼんだ眼窩の奥にある目を細めた。
「少し良くなったみたいじゃない。顔色もよくなったし」
「いや、お陰様で頭痛も随分良くなったけど……それよりお前の方こそ、一体どうしたんだよ」
「え? ああ、さっきそこの交差点で、交通事故で亡くなったらしい地縛霊に掴まっちゃって。交差点に引きずり込まれそうになったから必死で振り祓ってきたんだ。転んで足ひねっちゃって」
 飯田は髪や肩についた白い粉を払い落としながら、きまり悪そうに笑った。
 俺の机にその粉が二,三粒パラパラと落ちてきたので、指先にとってまじまじ眺め、それから恐る恐る舐めてみる。しょっぱい。
「……塩?」
「あ、ごめんごめん。そう。お清め用の」
 慌てた様子で俺の机に散らばった白い粉を払い落とす飯田を見つめたまま、俺は数刻言うべき言葉が見つからなかった。
「お前、もしかして、この腕輪貸したせいで……」
「え? ああ、でも大丈夫だよ。僕は何とか振り祓う方法は心得てるから。ちょっと疲れるだけで」
 そう言ってじっと俺の顔を見つめると、飯田はこけた頬を引き上げて傍目にはホラーな微笑みを浮かべた。
「でもよかったよ、草薙さんが大丈夫そうで。その腕輪効くからね。今のうちに何とかしよう。昨日、知り合いの霊能者に連絡取ったんだけどね」
「そ、そのことなんだけどさ、飯……」 
「事情話したら、明日にでも対応してくれるってさ。お布施も、五十万で大丈夫だって」
「ご、……ごじゅうまん?!」
 思わず、値段に反応してしまった。
「そう。普通だったら百万は絶対かかるのに、破格でしょ。僕の知り合いだし、困ってるだろうからって」
 そういうのって、そんなにかかるもんなのか。
「あ、あのさ、飯田……」
 血の気の失せた頬に曖昧な笑みを浮かべつつ、なるべく当たり障りのない言葉を捜す。
「何? 草薙さん」
「せっかくなんだけど、俺、今五十万払うのは不可能なんだ」
「え……」
 飯田は落ちくぼんだその目を大きく見開き、顔全体に劇画チックな驚愕を表現しつつ俺を見つめる。だから、その顔は怖いんだって。
「前にチラッと話したろ。株で失敗して、今動かせる金ねえんだよ、俺」
 取り敢えず本当のことなので、ある意味大手を振って断ることができる。先日既にばれてしまっていることだったから、隠しておく必要もない。申し訳なさそうに頭を下げつつ、俺は内心ほっとしていた。
 飯田は数刻口を半開きにしたまま呆然と俺を眺めていたが、やがておずおずと口を開いた。
「……え、じゃあ、どうするつもりなの? この先」
「まあ、……そうだな、取り敢えず共存できる道がないか探ってみる。幸いエネルギー取られる以外は大人しい妖怪だし、こっちの気持ちが伝われば何とかなるんじゃないか?」
「そんなに簡単にいくかなあ……」
「大丈夫だって。それで少し様子をみよう。やばそうだったら、仕方ないからマイナス出しても株取り崩して金つくるから」
 飯田はそれでもまだ納得いかないらしく、眉根に深い縦皺を刻みつつ中空を睨んでいる。
「あ、そうそう」
 そんな様子に構うことなく、俺は左腕の腕輪を取ると、飯田に差しだした。
「これ、ありがとな。ほんとによく効いたよ」
「え?!」
 飯田が驚愕も露わに血走った目をカッと見開いたので、思わず回転椅子ごと後退ってしまった。
「ダメだよ。これないと、草薙さんエネルギー取られちゃうよ?」
「だからって、借りっぱなしじゃお前の方がヤバいだろ」
「僕は大丈夫だよ。草薙さんの方こそ……」