小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

そこにあいつはいた。

INDEX|19ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

 黄色い明かりは刺激が少ないらしく、あいつは洗濯を干す俺の側まで寄ってきて、作業の様子を興味深そうにしげしげと眺めている。
「何? 手伝ってくれんの?」
 からかい半分にそう言ってみると、驚いたことに座敷童子は洗濯かごに手を伸ばし、洗濯物を一つ手に取った。
 幽霊や妖怪がものを持てるなんて思ってもみなかったので、驚くと同時に妙に感心してしまった。
「凄いな、お前……じゃあ、それこうやって皺伸ばせるか?」
 シワシワのハンカチを手に取り、パンパンと引いて皺を伸ばしてみせると、座敷童もそれに倣ってたどたどしく手にしていた洗濯物の皺を伸ばし始めた。それにしてもどこかで見たことのある形だなあと思って見ていたら、それは俺のブリーフくんだった。一瞬凍ったが、まあいいかと思い直してハンカチを小物干しにぶら下げる。
「伸ばしたら貸して。俺が干すから」
 そう言って手を差し出すと、座敷童子はブリーフくんをしっかりと握りしめ、不満げに口を尖らせて自分の胸に抱え込んだ。
「何……もしかして、お前がやりたいの?」
 口の先を魚みたいにつぼめたまま深々と頷くその顔が何だかおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「分かった分かった。じゃあ、お願いしますよ」
 小物干しから一歩離れて場所を空けると、座敷童子は緊張した面持ちで小物干しの下に歩み寄ってきた。
 てっきり、妖怪パワーを発揮してフワフワと飛んでくれるものと思っていたので、期待に胸膨らませながらその後ろ姿を見つめる。
 するとあいつは、両手で高々とパンツを掲げながら、白いスカートをふんわりと膨らませて、ぴょん、と飛んだ……いや、跳んだ。
 足の裏は、床から数センチも離れていなかった。
 座敷童はそうして数回空しい跳躍を繰り返していたが、やがて疲れきったように動きを止めると、ゆるゆると振り返って俺を見上げた。すでに、涙目だった。
「ああああ、分かったって。抱っこしてやるから、泣くな」
 慌ててかがみ込んで、左腕を座敷童子の胸に巻き付けると、体温がないのでヒンヤリと冷たい、でもふんわりと柔らかく、不思議なほど確かな重みのあるその体を小物干しに手が届く位置まで持ち上げる。
 座敷童子は嬉々として小物干しにぶら下がる洗濯ばさみを手にしたが、片手でパンツを持ちながら洗濯ばさみに挟むのがなかなか難しいらしい。何度も失敗しては、パンツを落としそうになる。俺は空いている方の右手で落ちそうになったパンツを持ち上げてやったり、洗濯ばさみをブラブラしないように押さえてやったりしながら、座敷童子が作業を終えるまでの間、ずっと抱っこしてやらなければならなかった。てか、自分でやった方が早いって。
 五分ほどもかかっただろうか。震える手で洗濯ばさみにパンツを挟み込み、あいつはようやくもう一方の端をとめることに成功した。
「やったな!」
 嬉しくなって思わずこう言うと、あいつは振り返って俺を見た。ふくふくした両頬を思い切り引き上げ、やり遂げた喜びにその目をキラキラ輝かせながら、あいつは、笑っていた。

☆☆☆

「ほら、ここがお前の寝場所」
 布団を整えてそう言うやいなや、座敷童子は俺の足下に走り寄ってきて、上らせてくれと言わんばかりに両手を差し伸べてくる。
 俺はもうあれこれ言わずにその脇下に手を入れて、当たり前のように押入の上段に上らせてやった。
 某アニメの猫型ロボットが寝場所にしているのと同じところに、あいつはちょこんと正座してニコニコしながら小首を傾げた。
 その様子を見ているうちに、突然あることに思い当たってはっとした。
「お前、初めて姿見せた時、……もしかして、ここから降りるために大人の姿になったのか?」 
 こいつはどうやら、体温がないことと暗闇に溶けて消えること以外、身体能力は普通の子どもと殆ど変わりがないらしい。となると、ここから出てくるのはこいつの短い足では不可能だ。
 だが、座敷童子は俺の質問には答えず、相変わらずニコニコしながら首を心持ち右に傾け、正座した膝の上に両手をお行儀よく載せているだけだった。悪意の欠片もないその顔を見ているうちに、俺ももうそんなことはどうでもいいような気がしてきて、
「……ま、いいか。今更そんなこと」
肩を竦めて笑ってみせると、向き直って姿勢を正す。
「じゃ、おやすみなさい」
 深々と礼をしてみせると、あいつはきょとんとした表情で俺を見ていたが、やがて自分なりに居住まいを正し、俺に倣って頭を下げた。膝に額がつくまで体を曲げ、艶やかな髪を布団の上に広げ、つむじを真っ直ぐこちらに向けて暫くそのままじっとしてから、ゆっくりと体を起こして何とも得意気ににっこりと笑う。
「はいはい、よくできました」
 苦笑混じりに頷いてみせると、あいつは満足そうな表情を浮かべながら、押入の闇に溶けて見えなくなった。

 その夜、俺は久しぶりに夢も見ないでぐっすり眠った。