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そこにあいつはいた。

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「そ、そうです。草薙です。」
 店員さんはほっとしたように固まりかけた頬の力を抜くと、その大きな目を嬉しそうに細めた。
「奥様お元気ですか? このところいらっしゃらないから、心配してたんですよ」
「すみません、ご無沙汰しちゃって……何かここんとこ、仕事が忙しいみたいで」
 予測済みの質問だったので、よどみなくすらすら答えられた俺。ちょっと嬉しい。
「学校の先生ですもんね。大変ですよねー」
 店員さんはうんうん頷いていたが、突然顔を上げると目線を俺にバシッと合わせてきた。
「今日はいかがされました? プレゼントですか?」
「え? あ、まあ、実は、そんなとこで……」
 当然されるに決まっているにも拘わらず予測していなかった質問に狼狽えて、思わず頷いてしまった俺。悲しい。
 俺の内心などつゆ知らず、店員さんは任せて下さいと言わんばかりに深々と頷いた。
「大丈夫ですよ。草薙様のサイズならばっちり控えてありますし、好みも大方把握できてます。気に入っていただける自信ありますから!」
 それから店員さんは、値札を掴んだまま固まっている俺の右手と、黒いワンピースに目を向けて、満足そうに頷いた。
「さすがは旦那様。確かにこれ、奥様のご趣味にばっちりですよ」
「……え?」
「奥様、デザイン過多なものより、シンプルなものがお好きですから。だからといって流行を全く無視される訳でもなくて、ご自分に似合うものをよく分かってらっしゃるんですよね。ウエストを締め付けないタイプがお好きだし、フォーマルだけじゃなくて、これなら重ね着でいろいろ楽しめます。奥様なら、おしゃれに着こなせると思いますよ。」
 立て板に水のように喋りまくる店員さんの言葉を聞きながら、思わず半歩後退って頷いた。
「そ、そうですか……ちなみに、お値段は」
「お手頃ですよ。ツイード素材なのに、驚きの二万九千八百円!」
 先刻呉服売り場で言い渡された値段の、……約七分の一?
「うちもこの不況に対応して、値段下げて頑張ってるんです。これ、売れまくってますよ。雑誌にも紹介されましたし。さすがは草薙様の旦那様。お目が高いですね」
 何か、逃したら勿体ないような気がしてきた。
「実はこれ、ここに出しているのが最後の一点なんですよね。今ある在庫の……」
 だめ押しの一言で、俺の心はあっさりと決まってしまった。
「買います、これ」
 話の途中で差し挟まれた俺の言葉を聞いた途端、店員さんは口を噤んで満足そうににんまりと笑った。

 店員さん、凄いです。