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VARIANTAS ACT2 ThePerson

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Captur 4



「ザナルティーさん?」
 彼女はそう言うと、彼の顔を見つめた。
「あなたは……?」
 彼が不思議そうに聞き返すと、彼女は、持っていた小さなポシェットの中から一枚の写真を取り出し、それを彼に差し出した。
「これを、貴方に渡したくて……」
 レイズとスタイナー、そして数人の仲間が共に写る、スナップ写真。
「あなたスタイナーの……」
 次の瞬間彼は、苦い表情で眉を歪め彼女から顔を背けてしまった。
「……僕は、貴女に合わせる顔がありません。僕は貴方の大切な人を……」
「ザナルティーさん。本当は私、あなたにお願いがあって来たんです」
「お願い?」
「ええ」
彼女は、彼の瞳を見つめ、ゆっくりとした落ち着いた口調で話し始める。
「彼の遺品を整理している時、出てきたんです、その写真。……彼は貴方の話をよくしてくれました」
「スタイナーが僕の……?」
「彼は貴方の事を、最高の親友だと、いつも笑顔で言っていました。だから、その写真を見たとき、すぐに分かったんです。彼の横に立つ、笑顔の優しい人が、あなただって。それで私は思ったんです。『この人だ、この人しかいない!』って……。ザナルティーさん、私のお腹にいる彼の命の、名付け親になってくれませんか?」
「僕が……名付け親に……?」
 彼は、自分の心が熱くなるのを感じた。
 最愛の人を残し、この世を去ったスタイナー。
 せめてあの戦闘だけでも生きて帰っていれば、もう一度彼女の笑顔を見られただろう。
 もう一度愛し合う事が出来ただろう。
 それなのに……
「……僕が死ねばよかったのに」
 彼はぽつりと呟いた。
「いつも、“護らなきゃいけない人がいる奴”が死んで、“どうでもいい奴”が生き残って……なんでなんだよ……。なんでいつもそうなっちゃうんだよ……。もしそれが運命なんだったら、僕が代わりに死ねばよかったのに……!」
 突然彼女が、レイズの頬を平手で打った。
「ザナルティーさん……。たとえ貴方が代わりになったとしても、今度は彼が苦しみます! 死ねばよかったなんて、そんな事、簡単に言わないで下さい! この世に、どうでもいい命なんて無いんです! 死んだら駄目なんです……死んだら駄目なんですよ! ザナルティーさん!」

 ――死んだらだめなんですよ!

 そんなことは分っている。
 死んだら全てが終わりだ。
 だからこその救いもある。
「ムリだよ、スタイナー。こんな悲しい世界で生きていける訳がないじゃないか……」
 彼女と別れた後、レイズはスタイナーの墓石の前に居た。
 胸に拳銃を忍ばせて。
 彼は大きく息を吸い、拳銃を抜いて自分の頭に突きつけた。
 そのとき。
「それがおまえのやり方か」
 突然の声にレイズは驚いて振り向く。
 そこに居たのは……
「ミラーズ、大佐?」
「お前はそうやって逃げるのか」
「え……?」
「ただ悲しみに身を任せ、耐えることもせず、自分を変えようともしない。そうやってお前は逃げるのか」
「……僕は貴方みたいに強くありませんから」
「そうだな、お前は弱い。このままじゃ自殺しなくてもいずれ死ぬだろうな」
「あなたは、僕を止めたいんですか? それとも止めたくないんですか?」
「さあな、どちらでもいい。だが一つ言っておく。死んで楽になろうだなんて甘いぞ。お前は生き残った。なぜだ?」
「なぜって…」
「その答えが分らないなら、引き金を引け。私は止めん」
 彼はそう言って、レイズの下を去っていった。
 レイズは、再び、自分の頭に銃口を向ける。
 指が震える。
 全身から汗が噴出し、心拍が上がる。
 なぜ引き金を引けない…?
 指が動かない。
 恐い……
 死が……
 恐い!
 死が恐い!
「死にたくない……死にたくない!」
 レイズが、銃口を放して泣き崩れる。
「それが答えだ」
 レイズの横にグラムは立ち、ゆっくりと語り始めた。
「誰でも死は恐い。その恐怖を胸に刻め。死を恐れろ。ひたすら生きろ。そして死を憎め。憎んで戦え。戦って、強くなれ」
 グラムはそう言って、レイズの肩を叩いた。
 顔を起こし、レイズはまっすぐにグラムを見つめて言う。
「大佐……僕は戦いたい。戦いたいです!」
 グラムが、レイズに問う。
「貴様、名前は?」
「レイズ……、レイズ=ザナルティー軍曹であります」
「そうか、ならばレイズ軍曹。私の下に来い。戦い方を教えてやる」
 グラムはそう言い残し、ゆっくりと去っていった。



「どうした?」
 墓地から帰る途中、突然エステルが立ち止まった。
「私は、あなたと何年間も共に過ごしたのに、あなたの想いを、共に背負うことができませんでした。私は……」
 エステルの言葉を、グラムの声がかき消した。
「エステル、この三年間で唯一、君に出会えたことだけは、後悔していない。そばに居てくれるだけで、私は十分だ……」
 グラムの顔を見上げるエステル。
 彼女の瞳を見つめる彼。
「……本当に後悔、していませんか?」
「ああ」
 風が、彼女の頬を撫でた。
 大きくなびく彼女の髪。
 彼はそれを手で優しく押さえた。
「帰ろう、エステル。私たちの家に……」
 彼女は微笑んだ。
「ええ、帰りましょう。私たちの家へ……」
 二人は風に揺られ、散っていく銀杏の葉の中を歩いた。
 歩調をあわせ、ゆっくりと。
 手を握り、寄り添いながら。
 ゆっくりと歩いた。




***************





 それは清々しい朝だった。
 気温23度前後、湿度35パーセントの適度な空気。
 彼は身体を起こし、ベッドの上で深呼吸した。
 部屋の中を満たす清浄な空気が、起きたばかりの彼の肺の中に吸い込まれ、血液の中に溶けていく。
 部屋に差し込む光。
 カーテンの切れ目から見える、朝霧に包まれた都市の姿は、まるで空の上に突き抜ける無数の塔のように見え、一瞬自分が空の上にいるように思える。
 その日も彼は、そんな錯覚に酔いしれていた。
 朝の6:30。
 彼の隣では、エステルが静かな寝息を立てて眠っている。
「……ん」
 寝返りをうつエステル。
 銀色の髪が、流れるように波打ち、窓から差し込む光が彼女の髪を照らした。
 彼女の髪を、優しく撫でるグラム。
 彼は、エステルの寝顔が好きだ。
 子供のように無垢で、女神のように美しい彼女の寝顔が。
 三年間も共に暮らし、共に戦ってきた彼女が、今の彼にとっては唯一の安らげる場所だからだ。
 想いを重ね、
 言葉を重ね、
 身体を重ね、
 お互いを感じあえるその瞬間が。
 この部屋を出れば、今日もまた、あの地獄のような戦場に向かわなければならないかも知れない。
 人種、政治、軍、正義、倫理、イデオロギー。
 その全て……、その全てのために、彼は戦ってきた。
 だから、今日くらいは。
 今日くらいは、彼女と共に、寝坊をするのも良いだろう。
 今だけでも……。
 彼女には、肩の荷を降ろし、夢の中で微笑んでいてほしい。
 後はすべて、自分で背負おう。
 せめて今だけでも、その無垢な寝顔を壊さぬように。



************




 約10ヶ月後、例の彼女は元気な女の子を産み、レイズはその子を『アンジェラ』と名付けた。