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VARIANTAS ACT2 ThePerson

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Captur 3



 三年前、彼女は彼にこう問い質した。
「貴方が私のユーザーですか?」と。
 その問いに彼は、「そうだ」と答えた。
 そしてその日から三年が経った今日、“その日”の様に彼女は、彼の瞳を見つめた。
 会議室から出ていく人込みが、彼を追い越していく。
 毎日の様に見ている筈の彼女の瞳が、今の彼にとっては、これほどまでに美しいと思う、不思議な感覚。
「すまない、待たせてしまったな」
「いえ……」
 人込みはやがて消え、グラムとエステルの二人だけが残された。
「あの大佐、そろそろお時間ですが……」
「すまん、これからの予定は全てキャンセルだ」
「……また、あそこへ行かれるんですか?」
 廊下を歩き始めた彼の後から随って歩くエステルが彼に向かってそう聞くと、グラムは振り返らずに答えた。
「今日は君にも一緒に来てほしい」
「私も……?」
 グラムは、部屋に戻って上着を着替え、車のキーを持った。

 彼はエステルを助手席に座らせ、キーを挿した。
 イグニッションをアクセサリーに。
 コンソールが光る。
 そしてスタートの位置までキーを回す。
 GM社179年製スティングレイスポーツタイプのボンネットの下に隠された、180年式水素パルスエンジンが、トルクフルな唸り声をあげた。
 シフトを一速に。
 アクセルをゆっくり踏む。
 車の中で、彼女は彼に言った。
「お疲れなのでは?」
「いや、大丈夫だ」
 嘘だ。
 彼女は心の中で呟いた。
 もう3年も一緒にいる。癖も分かってる。彼は疲れていると、右手人差し指を小刻みに揺らす。
 現に、彼の指先がさっきから小刻みに上下している事に、彼女は気付いている。
 ハンドルを握る彼。
 やがて車は、軍施設区域を出て、シティー区画へ。大きな通りにその車体を乗せる。
「しまった」
 彼が突然呟いた。
「え……?」
「渋滞だ」
 車の赤いテールランプが見えた。
 自然にスピードが落ちる。この街特有の、帰宅ラッシュ渋滞。建築物の間を縫うように走る高速道路を、無数の車が埋め尽くしている。
 車が止まった。
 溜息をつきながら、シフトレバーをニュートラルに。
 この車は珍しい種類、言わば“趣味の車”だ。
 22世紀にもなって、未だにマニュアルシフト。駆動も“タイヤ”だし、第一、自分でハンドルを握る必要がある。
 でもグラムは、この車が好きだ。AI任せのドライブではなく、自分で運転するこの車が。
 静かな車内で、彼女が言った。
「あの……」
 途切れる言葉。
「どうした?」
 彼女の唇は、言いかけの言葉を閉じ込める様に曲がっていた。
「いえ……」
 言葉を飲み込む。
 何回か、短い言葉のやり取りが続く。どれも単語だけの、単調な会話。
 解消されない渋滞。
 時間だけが過ぎ、やがて都市の明かりが傾き始めた時、グラムはもう一度、溜息をついた。
「私はこの車と同じなんだ、エステル……」
 ルームミラーに後続車が映る。
「進む事も出来ない。戻る事も出来ない。他の道を見れば、そっちの方が良かったと必ず後悔する。同じ所で回り続ける、出来の悪い戯曲の様に……」
 エステルは彼に言った。
「貴方は後悔しているのですか? 今の道に……」
 グラムは答えた。
「ああ、後悔している。どんなに強力な力を手にしているとしても、全員を護れる訳じゃない。今も昔も、私は誰ひとり護れなかった…いつも感じる、感じるんだ、エステル……。私は誰か、とても大切な誰かを失ったと。……誰かは分からない。だが、失ったと、確かに感じるんだ」
「貴方は大勢の命を救いました。失われた命も確かに有りましたが、貴方が戦わなければ、もっと多くが死にます。それに……」
 彼女は言った。
「ゆっくりでも、少しずつでも……。前に進んでさえいれば、いつかは必ず、目的地に着けますよ。解消されない渋滞は無いんです」
 再び動き出す車群。
 彼は一瞬短く息を吸ってから、シフトを一速に入れ、アクセルをゆっくり踏み込んだ。
 走り出す車。前の車との車間距離が、徐々に開いてゆく。
 解消されていく渋滞。
 車は二人を乗せ、道路を駆けて行く。
 通りから脇道へ。そして物静かな、小高い丘の上へ。
 公共の駐車場に車を止め、降りる。
 周りには木々が植えられていて、涼しい風がそよいでいた。
 駐車場から、丘の上に続く小道を歩いていく。紅葉した銀杏の落ち葉の絨毯を踏み締め、小川の上に架けられた小さな橋を渡って、木立を抜ければそこには、広大な土地が広がっていた。
 平坦で広い、芝生の敷き詰められた閑静な共同墓地。数千数万の骸が眠るそこには、黒い良く研かれた、真新しい墓石が幾つも立てられていた。
 墓石に刻まれている文字。
 皆、違う場所、違う時間に生まれ、違う生い立ちを歩みながらも、死んだ日は皆同じ、『2188年10月19日』。
 彼は、その真新しい墓石の群をゆっくりと歩いていく。
 全体を視野に収められる様に、広く、空間を眺める。
 エステルは、静かな様子で彼の背中を見つめた。
「お花は、奉げられないんですか?」
 彼は答えた。
「両手に持ちきれないからな」
 遠くを見つめたまま答えるグラム。
 彼女は、彼のすぐ横に立ち、言った。
「あなたは、今まで護ろうとしてきた人々と、護ることのできなかった人たちの心をすべて、お一人で背負うおつもりなのですね……」
 彼は振り返り、彼女に答えた。
「私は戦うことしかできない男だ。ただひたすらに破壊のみを求め、戦いの中でしか自分を保てない。この戦いの中に身を投じてから私は、後悔の連続だった……。なにもかもな」
 エステルの心の中に、何か冷たい物が流れ込んだ。
 “彼女”の言う通りかもしれない。
 彼は……彼は私を本当は……
 突然、彼の足が止まった。
 目線の先。
 そこには、墓石の前で自分の頭に銃を突きつけている男の姿があった。