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コーンスープのお返し

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一杯目




 待ち合わせは駅前のファーストフード店前。ふたり連れたってレジ前に並んで注文を済ませてから二階に行く。定位置は窓に一番遠い禁煙席だ。そこであゆむは、コーンスープ一杯で時間を買われて哉子の話を聞かされる。
 矢野(やの)あゆむと山下哉子(かなこ)の付き合いは今年でかれこれ十年目になる。ついでに言えば、禁煙席イベントは中学1年生の夏休み(哉子が自覚した)から始まった。「ヤノ」と「ヤマシタ」で、しかも学区が同じとくれば否が応でも腐れ縁の道を歩むしかない。それが高校になり受験によって学校が分かれあゆむがほっとしたのもつかの間、哉子に思い人ができてしまった。そしてコーンスープが、目の前に置かれることとなった。
「それでー、今日も冴がねー」
 一之瀬高校1年A組在籍真城冴(ましろ・さえ)。出席番号40番。血液型はBO型で12月2日生まれのいて座。すきなものはお笑いと少女漫画と猫。クラスでは保健委員を務めているが帰宅部。1学期の期末考査が学年9位だったという才媛としての一面も持つ。好物は紙パック入りのミルクティー。
 とまあ、ゲームキャラクターのプロフィールばりの情報が哉子のせいであゆむの頭にはもうしっかりとインプットされてしまっている。ひとよりちょっぴりすぐれているだけの記憶力が恨めしくなるのはこんなときだ。一度も本人に会ったことがないというのに、あゆむはもうかなり具体的な人物像を作り上げてしまっている。とはいうものの、不可解であることに違いなかった。哉子がこれだけ入れ込んでいるのならばそれなりに理由もあるのだろうが、件の少女と一度も言葉を交わしたことのないあゆむにそれが理解できるはずもない。
 コーンスープはそのための哉子なりの妥協、というわけだ。プライドが高く、普段は他人のことなどあまり気にかけない彼女がそんなことを考えていることも少しは怪しいと思うが、あの安っぽい味が好きだとおいそれと口に出せるわけではない(奇しくもコーンスープは母の得意料理のひとつだ)のであゆむはそれなりにこの取引に満足している。3年間足らずの間ずっと「彼女がほしい」と喚かれ続けた身としては、寧ろ新たな話題を提供してくれた真城嬢に感謝せねばなるまい。
「告白すればいいのに」
「毎日してるって」
「それとは違うでしょう」
「……何がよ」
「哉子お得意の、口先三寸じゃなくて、ちゃんとしたやつ」
「そ・れ・を、毎日してるんだってば」
「だったらわたしに聞かせる話はないはず」
「冴の『好き』とあたしの『好き』とは違うのよ、あゆむ……」
「……友達と恋人、ってやつか」
「そう。それよ!それっ!!まぁそんなところも冴らしくてクールでかつめちゃくちゃ可愛らしいんだけどあたしはもっとこうスキンシップをしたいわけよっ!!!触っ」
「ストップ」
 話が堂々巡りになりかかったところで止めた。哉子の暴走には慣れているが周りの客のこともある。こんなときは黙って腕時計を示して、さらにコーンスープの残りを一気に飲んでしまうに限る。話をやめなきゃ今すぐあんたをここにひとりで置いていくよ、のサインだ。これの効き目はいつものことながら抜群で、ぶつぶつ言いながら哉子も最後には先に立ち上がったあゆむの後に続いた。それを横目で眺めつつ鞄からチョコレートを一粒取り出して口に放り入れる。ついでに定期券の入ったケースも取り出して、まっすぐ駅へと向かった。ふたりの高校の最寄り駅は同じだが、家は二駅ぶんだけ離れている。
 哉子が黙って手を伸ばしてきた。
「……あげないよ」
「ちぇ」
「哉子だって持ってるでしょう」
「ひとが食べてるところは、よりおいしそうに見えるものなのよ」
「真面目そうに言ってもだめ」
 そして沈黙。
「……?」
 普段の哉子なら鞄の中に手を伸ばすくらいはしてくるのに、いつになくしおらしく見えなくもない横顔を覗き込めば、なにやらわざとらしいため息とともに肩が竦められて、
「最近、冴が桜なんとかと話す頻度が高くってさ」
 そうそう、真城嬢には哉子曰く「淡い恋」ではあるが思い人がいるのだった。といっても、こちらは哉子が話そうとしないせいで情報が極端に少ない。性別が男であること、真城嬢と同じ保健委員であること、苗字のどこかに「桜」がつくこと(まさか下の名前に桜がついていることはないだろう)。他校の生徒については、これくらいでもよく知っているというべきなのかもしれないが、真城嬢に比べればすこしもどかしい気もする。
「なのに、あゆむからは慰めのひとっこともないし?そりゃあ聞いてもらってるのはありがたいけど、幼馴染としてのアドバイスくらい、くれてもいいんじゃないのかしらー?」
「言っても、哉子は聞かないからね」
「ま、そりゃそうだあね。でもねあゆむ、ひとには従わなかったとしてもそんな台詞を聞きたいって日があるものなのよ?」
「だから、哉子はそんな柄じゃないでしょう」
「断定された?!」
「エネルギーの無駄。そんなことを言うくらいだったら、さっきチョコを上げたほうがましだった」
「そこと比べるな!!」
「?」
「何であんたは首をかしげて……はいはい、分かりました。あゆむにそんなことを求めたあたしがおばかさんでした」
 話し出すのもそうだし、黙りこむのだって、いつも哉子のほうが先だ。普段から無口なあゆむのこと、誰と話しても会話が途切れるのは相手が口を閉ざす場合のみに限られるのだけれど。
 中学時代から、こんな二人が友達であるということに疑問を持つ者は少なくなかった。一方的に哉子の方が話しかけているように見えると、所属していた卓球部の先輩で苦笑いするのもいた。部活内での哉子は男女関わらず後輩に親しまれ、先輩に頼られていた。いつもあゆむにまとわりついているせいか、同級生の友達はあまりいなかったような印象を受けていた。何しろクラスが分かれても、毎日お弁当箱を持ってあゆむのクラスにたずねてきていたのだ。
 電車に乗り込んでもそんなことをぼんやりと考えていたせいで、あゆむは隣の哉子のように眠ることができなかった。ふたりの関係は今のところ単なる幼馴染に留まっているものの、このような呼び出しを受けることはあゆむの側にとっても呼び出す哉子の側にとってもそれを一歩超えていた。毎日お弁当を一緒に食べていた相手と違う高校に通うことになると決まったとき、あゆむは確かに一度忘れていたはずなのが、今ならば脈ありかもしれないとばかばかしい判断を下す自分もいた。何はともあれ、どうしたって哉子のことが好きだと今更もう一度云えるわけがない。



作品名:コーンスープのお返し 作家名:しもてぃ