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モノガミものぽらいず

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プロローグ



 どんどんどん、と、けたたましく無遠慮に、我が家のドアを叩くヤツがいる。
 るっせーな……大学生の睡眠は、貴重ナンですヨ?
「宅配便で〜す!」
 続いたその言葉に、オレは渋々、ゆかの万年床から這い出した。
「へいへい、どっからスか?」
 ──またオフクロだろ、どうせ──
 スウェットパンツを穿きながら、一応、魚眼レンズ越しに相手を確認してドアを開ける。
「……って、デカっ!?」
 届いた小包の大きさに、オレは一瞬フリーズした。それは、大の大人が入っていられそうなくらいのダンボールだ。ってか、もう『小包』っつーカテゴリには当てはまらんだろ、コレ?
「差出人は、鮭延ハツさん、となってますね」
 ──ばっちゃん? ──
 刹那、オレの脳裏を駆け抜けていく、懐かしいイメージがあった。

 山陰から顔を出す、真夏の旭日。

 ブナの林を駆ける涼風。

 心地よく耳に響く蜩の声。

 星空の下の花火。

 たった一年だけ、それもほんの数週間の思い出。
 東北だった事は覚えている。でもそれ以外に、あの郷の事をオレは良く知らない。
 あの後、オレはあの郷に行きたくて、何度も親にせがんだ。そんな事は覚えている。だが、オフクロは自分の生まれ故郷だってのに、あの郷を毛嫌いしてた──いや、いまでも毛嫌いしてるんだろう──だからか、オレは二度とあの郷に行かせてもらえた事は無かったんだ。そして、両親の離婚を契機に、郷の事を思い出すことさえも、なくなっていた。
「ま、いいや、とりあえず受け取っとくわ」
 オレは手早く受領サインをすると、部屋の中にソレを運んだ。

「くあ、重てぇ……ナニ入れてやがんだよ、ばっちゃん?」
 オレは万年床の隣にソレを置くと、さっそく開封してみた。
 ――ええっと――
 開いたダンボールをもう一度閉じる。
 んで、もっかい開ける。
「……うん、美味そうなトマトだね」
 オレはソレを見て、とりあえず現実から逃げ出す事にした。
 真っ赤に熟れ熟れのトマトを一つ掴んで頬張ると、箱中央のソイツには、なるべくノータッチでいようと考える。
 ソイツってのは、まぁこんなヤツだ。
 白い頭。
 賢そうにぴんと張った耳。
 無駄にふさふさなシッポ。
 毛並みは艶やかで、背中あたりから後ろに行くに従って、黄金色に変わっていく。
 犬なんだ、ソイツは。しかも立派な秋田犬。さらに言うと、デカイ。まるで、野菜を緩衝材にした、箱詰めの高級家電みたいにも思える。
「だがまぁ、ビンボー学生には、馬鹿デカい家電はいらねーんだよね」
 オレは野生を忘れたかのように眠りこけているソイツを抱きかかえると、そっと外に出て、とある場所まで歩いていく。そして、そこにソイツを置いた。
「……ま、お情けで、燃えないゴミにしておいてやろう。燃やされんのはさすがにかわいそうだからな。あわよくば、誰かに拾ってもらえるかも知れんし」
 アディオス! と、オレはサボテン兄弟ばりに颯爽と身を翻した。


 んで、その夜。
 ……オレは、生まれて初めて超常現象を体験していた。
 まぁ、まずは金縛り。基本的にはオレMじゃないんだけど、一生に一度くらいは拘束される気分を味わうのもいいかも知れない。
 ま、確かにね。取り敢えず、日本国憲法を一言一句間違えることなく暗記したので、まぁ、疲れていた事は否めない。うん、いや、疲れているからこんなの見てんだよ、オレ。
 んで、オレは傍らを見据える。
 今夜は満月。ビルの隙間から見える月があんまり見事だったんで、部屋を暗くして寝転がりながらそれを見てたら、いつの間にか寝ちまってたって訳だ。
 そんな月明かりに浮かび上がるように、俺の傍らに少女が立っていた。歳は十六くらいだろうか?
 鹿の子模様の着物姿で、丸っこく、人懐っこそうな黒い瞳。眉は白くてちょっと太め。髪色は、前髪が白く、後ろにいくにつれて黄金色っていう、珍しい色合いだ。しかも染めてる様なカンジじゃない。どうしてか、自然なもののように思えた。
 髪型としては、ボブカット――もしくはおかっぱ? いや、後ろポニーテールっぽいから、なんつーんだ、こんなの? つか、ボキャ少ないね、オレ。
 いやまぁ、それはどうでもいい。問題は、その子がちょっとかわいい――
 ――じゃなくて、アキバ系? なんじゃないかっていう事だ。だって、アタマに犬耳ついてるんデスよ?
 アキバ系幽霊――うん、斬新だ。この子はナニを思い残して死んだのだろう。コミケか? いや、やっぱコスプレ? 大好きなアニメの打ち切り? コスト削減で、作画の質が落ちたとか? うんうん、どれもきっと、彼女にとっては死ぬより辛い事だったんだろう。オレにはカンケー無いけどな!
 などと思っていたら、その子は、急に不機嫌な顔になった。ってか、青筋まで浮いてるし。
 で――
「こぱっ!?」
 オレは、アタマを蹴っ飛ばされた。けっこう痛いから、なんか、疲れてるだけじゃない様な気がしてきた。ホンモノ? ホンモノですか? 彼女。
 だがまぁ、和服でケリはやめたほうがいいな。下着つけないって話だから。いまはいいけどね、夜だから。暗くてよく見えなかったし。白くてきれいなフトモモは見えたけどな!
 そう思った直後――
 オレは、その子が顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えているのに気がついた。
 あ、そうですか。思考が読めましたか。んじゃ、このあとオレがたどる道は――
「!!!!!!!!」
 彼女は何かを叫んだ様だ。でも、それが何なのか、オレにはさっぱり聞き取れなかった。


 取り敢えず、爽やかに夜が明けた。
「……動く。ええ、動きますとも」
 ひとまずは、金縛りは解けたようだ。手足も一応動く。
 だが――
「痛い」
 身体の異状を言葉にしてみた。うん、痛いんだ、むっちゃくちゃ。体中がだよ。見てみりゃやっぱしアザだらけ。だからさ、オレMじゃないって言ってんダロ?
 まぁ、いい。命に別状はないみたいだし。もっとも今後、毎夜こんな事が起こるというなら話は別だがな。
 と、そこでオレはふと気づいた。
「……犬耳……? あれぇ〜?」
 そう、オレの傍らには犬耳がある。
 オレの寝床を占領して、萌えない――もとい、燃えないゴミに出したハズの、あのダンボール犬が寝てやがるのデスよ。
 これで話は繋がった。コイツのせいで、あんな夢を見たんだよ、オレは。
 と、オレはここで更に気づく。このダンボール犬の右前足が、まるで自分のものであるかのように、桜色の封筒を踏んづけている。
「ったく、こいつめ、大事な手紙だったらどうすんだよ?」
 オレ宛なのかは分からない。だが、だからといって、放っといていいワケでもない。役所からの何かだったら、あとあとが面倒だ。果ては国会議員なオレの将来を考えると、年金未払いだけは避けなきゃならない重要懸案事項だからな。とはいえ、役所がこんな色気のある封筒を使うとも思えんが。
 オレは取り敢えず起き上がると、犬から封筒を取り上げた。もう時間だ。今日はこれから講義がある。大学に行かねばならん。コイツの処分は帰ってきてから考えよう。