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漆黒のヴァルキュリア

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第一章 戦乙女とお供のカラス 12



 通夜と、そして葬式が終わり、紳太の身体が焼かれていく。
 だが、その魂はエナの傍にあった。
 元々、強くはない身体だった。
 だが、親の期待に応えようと、無理を重ねていた。
 この死は、単純にその結果というだけの事。
「もう未練はないか?」
 小さな肩に手を置いて、エナがそう訊ねる。
「……ない、よ」
 ふてくされたような物言い。
「母さんの顔、もう見なくていいのか? お前はこれから、ヴァルホルに行くんだぞ?」
 エナの再度の問いかけ。しかし紳太はかぶりを振った。
 そんな紳太の様子を見つめていたエナの髪が、不意に黒く染まっていく。
 エナはその場にしゃがみこむと、紳太を身体ごと自分に向かせた。
「え……お姉さんは、誰……?」
 驚く紳太に、エナは優しく微笑みかける。
「ボク? ボクは春日恵那。よろしくね、紳太」
 言って、エナ――恵那は紳太を抱きしめた。
「な、なんだよ……?」
 戸惑う紳太の耳元に、恵那がそっと囁く。
「……辛かったよね。今まで……でも、お母さんと、ちゃんとお別れしなきゃダメだよ? でないと、未練が残っちゃうから……」
 刹那――
「う、あ……」
 紳太の瞼から、
「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
 大粒の涙が零れ落ちた。
「僕はっ! 僕! ほめて欲しかったよ! お母さんに、ほめて欲しかったんだよ! よくやったね! よく頑張ったね! って!」
 開かれた口からは、隠し続けてきた本音が堰を切って流れ出す。
 恵那は紳太の頭を撫でると、そのまま立ち上がった。
「……うん。分かった。じゃ、行こう? その気持ち、ちゃんと伝えなきゃ」
 泣きじゃくる紳太の手を引き、恵那は火葬場のロビーへと向かう。

 ロビーのベンチには、抜け殻のようになった紳太の母親が、虚ろな目で虚空を見つめていた。
 そんな彼女の目の前に、一通の手紙が舞い落ちる。
「……紳……ちゃん……?」
 母親は、その手紙をおもむろに手に取り、目を通していく。
 と、不意にその手が震えだす。


 お母さんへ

 初めてお手紙書きます。

 ええと、まず最初に、死んじゃってごめんなさい。

 僕は、悪い子です。お母さんの夢を、かなえてあげる事ができなかった。

 官僚になって、お父さんのあとを継ぐ事もできなかった。

 ごめんなさい。

 でも、今、ちょっとほっとしてます。だから、悪い子です。

 僕は、頑張るのに疲れちゃいました。

 でも、お母さんがほめてくれたら、きっと、もっと頑張れた……

 ほめて欲しかったです。

 もっと、ずっと、いっぱい、ほめて欲しかったです。僕は……

 お母さん、さようなら。

 お父さん、さようなら。

 お元気で。

                     紳太より


 全てを読み終えた母親の目に、再び光が宿っていく。
 母親は、一瞬唇を噛み締めると――
 悲鳴に近い声で、泣き出した。
 床に伏せ、周囲の目など気にする事もなく。
 そして――
「ごめんね紳ちゃん。頑張ったね……今までよく頑張ったね……ありがとう。ごめんね……」
 上体を起こし、焼却炉を見据えながら、母親はそう呟いた。
 そんな彼女に、紳太はそっと抱きついた。アストラルの、触れる事もできない、その身体で。
 一頻りの抱擁。その後に――
「……ありがとう、恵那お姉さん……じゃあ、連れて行って」
 紳太は頬に涙の跡を残したままで、恵那の顔を見上げた。

 ――穏やかな、子供らしい微笑みと共に。