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漆黒のヴァルキュリア

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第一章 戦乙女とお供のカラス 9



「さ〜て……準備はいいか? ムニン」
 言って、エナは足元を見下ろした。あれから一週間。
 私立淘徹学園小等部の受験会場は、別な場所にあるここ、淘徹学園中等部の校舎に移されていた。
 いち早くこの校舎が次の会場だと調べ上げたムニンのおかげで、エナは会戦の準備を整えることができた。
 前回の反省から、今回は『仕掛け』となる局地魔法陣と、その外周にはそれを防護する防御魔法陣の二重の対策を取っている。
 これで、少しくらいの流れ弾で、魔法陣が発動する事はない。エナも全力を出すことができる。
「いつでもいいのですけれど……本当に呼ぶんですの? 見つかってなさそうなら、無用な争いは避けるべきだと思いますのに」
 大きく翼を広げ、ムニンはエナの頭上で滞空している。
「またいいとこで邪魔されたんじゃかなわねーだろ? まずは脅威を片付けて、それからゆっくりお仕事するのさ〜♪」
 一見、的を射たようなエナの意見。しかし、ムニンは複雑な表情を浮かべた。
「……なんか、ウキウキしてるように見えるんですけれど……気のせいかしら?」
 ムニンの言葉に、エナの頬が引きつる。
「そ、そんなコトねぇよ。こんだけ魔法ワナ仕掛けてんだ。あとはオレの出る幕ないさ」
「……まぁ、どっちでもいいですけど……では、もう呼んでもよろしいかしら?」
「おう!」
 エナの合図と同時に――
 ムニンは急に巨大化した。広げた翼の全長は、優に十キロメートルを超える。
 が、それでもアストラル体であるムニンを、常人では認識することなど出来ない。できるのは、限られた『素質』のある者と――
「し〜に〜が〜みぃ〜〜〜〜〜〜っ!」
 ――同じアストラル体を持つ者だけだ。
 その姿が転移してくると同時に、ムニンは元の大きさに戻った。その刹那、ムニンの頭があったあたりを、衝撃波が飛び去っていく。
「……あっぶな〜〜〜〜……」
 だだ泣きしながら、ムニンはエナの傍まで飛んでいく。
「どこやっ? 死神! 今度こそ消滅させたる!」
 額に浮いた青筋。凄まじい形相。せっかくの秀麗な顔が台無しなほど、妙音天女は怒りの色に染まっていた。
「ぶふっ!」
 そんな妙音天女の姿を見て、しかしエナは短く吹き出す。
 先日の戦闘の折、局地魔法陣による大地震の際、天女が校舎の崩壊を食い止めに行った為に、エナは逃げることができたのだが、しかしそれによって、天女の被害はさらに大きくなっていた。
 具体的には――
 エナの視線の先で、天女は怒りに我を忘れている。
「妙天、なんだオマエ? そのカッコ」
 それもそのハズ、エナの言葉通り、天女は以前と衣装が変わっていた。お気に入りの羽衣ではなく、ごく普通のTシャツとジーンズに。
「ダレが妙天やねんっ? 妙な略し方すんなや! それに、こんなカッコ、ダレのせいやと思とんねん! オマエの魔法陣ツブしに行ったからやろが!」
「自業自得だろ〜? オマエがバカみたいに衝撃波連射すっからじゃねーか」
「な・ん・や・とぉ〜〜〜〜〜?」
「ったく、毎度毎度、人の仕事邪魔しやがってぇ〜〜〜〜」
『コロス!』
 二人の声が重なり、それが開戦の合図となった。
 エナが眼前に刀を突き出すと、雷撃が疾駆する。刹那、エナは身を翻して地面に急降下した。
 一方、天女は雷撃を転移でかわし、そのまま地上に姿を現す。
 が――
 地面に向かうエナは、にやりと笑った。
「発動!」
 エナの声で、天女の足元が鈍く光り始める。と同時に、天女は動きを封じられた。
「どうだ! ノルンの奇跡、停止結界! それじゃ改めて食らえ〜〜〜〜っ! エルフ!」
 エナが刀を地面に向けると、予め仕掛けてあった全ての魔法陣が起動する。その数はエルフ――十一だ。エナが同時に発動できる最大数である。
 刹那――
 大量の雷が地面から立ち上り、そのまま孤を描いて天女の頭上に降り注いだ。
「……ちょっと過剰なんじゃありませんこと? 雷撃なんて、まともに受ければ一つで充分な威力ですのに……」
 エナの右肩の上で、ムニンは筋目でそんな事を言った。
「あのくらいしなきゃ、気が治まらないんだよ!」
 喜色満面にエナは言った。ある種、恍惚とした感じにさえ見える。
 だが――
「……お?」
 エナはふと異変に気付いた。天女の頭上に降り注いだ雷撃が、そのまま天女の頭上に滞空している。まるでエネルギー全てが吸い込まれたかのように、光の点となって。
「まぁ、そりゃそうでしょうねぇ。ノルンの停止結界は、時間を止める最強の結界。結界が発動すれば、その範囲内に入ったものは、いかなるものもその動きを止めてしまいますもの」
「……え? そーゆーもんなの?」
「……知らなかったんですの?」
 ムニンの額に青筋が浮く。
 一瞬の沈黙。その後に、ムニンの瞼から滝のような涙が噴出した。
「もーいやぁ〜〜〜っ! こんなアホなヴァルキュリア、もう補佐したくありませんわ〜〜〜〜っ!」
 言って、飛び立つムニン。
 刹那、その足がエナの手に掴まれた。
「逃げるなこのクソガラス。今逃げると電撃で焼くぞ? ……いいから一緒においで? あれで妙天倒せなきゃ、お前も困った事になるぞぉ?」
 満面の笑顔で、エナはそう言う。
「いやあああぁぁぁぁ〜〜! フギン〜〜〜〜! 黒騎士様〜〜〜〜〜! たぁ〜すけてぇ〜〜〜〜〜!」
 ムニンの悲鳴に耳を貸さず、エナはそのまま地面に降りた。そして、決して外すことのない距離で、天女に向けて刀を掲げた。
「あと十……九……八……」
 停止結界消滅までの、カウントを始める。
 と同時に、エナの周囲に雷雲が湧き出した。
「三……二……一……いっけえぇぇっ!」
 刹那、エナの両脇から、二条の雷電が放たれる。
 それは、先に魔法陣より放たれた雷撃と同時に、天女に吸い込まれていった。
 火花が周囲に飛び散り、地面が焦げて破裂した。
 同時に大気を切り裂く轟音が、周囲を満たす。
「こぉ〜れで死んだだろぉ〜〜〜……?」
 もうもうと舞う土煙。
 それが晴れて来たとき――
『うっ……そぉ〜〜〜〜……』
 エナとムニンの悲嘆の声が重なった。
「し〜に〜がぁ〜みぃ〜〜〜〜〜」
 地獄の底から響くような声が耳に届く。
 天女は、まさにそこにいた。
「あ〜、なるほどね〜、ですわ〜〜〜」
 引きつった笑顔でムニンが呟く。
「避雷針かぁ〜〜〜」
 天女の眼前には、彼女の得物である琵琶が地面に突き立てられていた。が、黒コゲになったそれが、一瞬にして崩れる。
 しかし、その光景はエナに余裕を与えた。
「でもよ、武器ないじゃん? 楽勝だよ。覚悟しろ妙天〜♪」
 余裕の態で刀を掲げるエナ。しかしそれは大きな間違いだった。
 天女の姿が消えた。と思った刹那――
「あぐっ!?」
 背中に鋭い打撃を受けて、エナの身体が前方に吹き飛んだ。
 空中で姿勢を変え、背後を向くエナ。その視界に、天女の姿が飛び込んでくる。天女は素手だった。だが、拳に気を込め、鋭い一撃を放ってくる。
 そして、その一撃が、エナの鳩尾を捉えた。
「か、は……」
 短い悲鳴。エナの身体がくの字に曲がり、その場に崩れ落ちる。