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早稲田文芸会
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秘事(堕坊)

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男は指で触れてみた。
粘土はまだ硬く、力を込めてほぐしてやる必要があった。男の両手が粘土の角を圧迫した。双方から攻め立てられて粘土は背骨を折り曲げる様に体勢を変じていく。肉体は皺を寄せて力みながらひたすら堪えていたが、それも束の間だった。限界点を超した体は二つに割れた。その断面は細かに練り合わせた牛肉を男に思わせた。粘土は更に分断され、輪郭を残さぬよう、男によって滅茶苦茶にされ、その滅茶苦茶をしばらく続けたところで、男は満足して、柔らかな肉を置いた。
彼が輝けるナイフを取ると、偏平で重量を感じさせないその道具は空気中を遊泳しながら肉を切り開いていき、鏡の様な平面の傷口に鋸形の痕を僅かに残した。その傷口は同時に、かつて授業で習った岩盤の断面図を男に思い起こさせた。激痛から我が身を守ろうと、腐食した塊は必死になって平静な表情を照り映えさせ、自らの硬質化を迫った。
彼はナイフを置いて、ベタベタした両の掌を見つめた。そしてカーテンを開け、右手の人差し指でそっと窓に触れると、窓へ力を入れて押し付けたままグググと下方へ向け始めた。初めは根強い抵抗に遭ったものの、青筋の刻印と共に筋肉が隆起し、高熱の体を纏った指を止める事は出来ず、摩擦の壁を破砕して一気に下へと雪崩れ込んだ。
人差し指の成功に続いて全ての指が動き出した。指が熱くこすれて捻じれる度に窓は声を上げ、時に絶叫の高音を部屋中に響かせた。窓越しに映る水滴が縦軸の跡を残しては矢継ぎ早に垂れていくのを幾度も見届けながら、一通り演奏を終えた後に子供は両の指から発せられる臭気を嗅いでは咽び続けた。断面図は油汗を噴出しながら激痛に悶え苦しんだ末、傷口となって息絶えた。
腐肉は傷口を更に切り裂かれて、暗い森林のざわめきを覗かせ、そこから無数の肉団子が生み出されていった。団子の群れは男の指の動きに合わせて殺伐とした内容が記された不毛な大地の上を抵抗無く転がっていった。そして四散した群れを押し潰して一つの存在に纏め上げたところで、インターホンが鳴った。

作品名:秘事(堕坊) 作家名:早稲田文芸会