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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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とつぜん! 赤ちゃん

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「どうだい? りょうた。パパの書斎は。ここはね、作品という子どもを生み出す小宇宙なんだ。ママのおなかの中と同じなんだよ」
 新しい家に、パパは一人ではしゃいでいる。 パパはそこそこ売れてる童話作家。
 今まではアパート暮らしだったから、書斎のある一軒家を手に入れてうれしいのはわかるよ。
 ぼくだって、自分の部屋をもらえてうれしいさ。ママもあこがれだったアイランド型の広いキッチンには感激してる。
 でも、でもね。パパ。
 ここって、バスも通っていない山の中。周りには一軒の家もない、正真正銘の一軒家だ。学校に通うの、大変なんだよ。
 都会育ちのママなんか、夜はこわくて眠れないって言ってるよ。静かすぎて。
 それに、町まで車で一時間もかかるなんて、不便で不経済だって。
 パパがぜんぜん現実味のない人だって、ぼくの短い人生の中でもよーくわかったけど、大事な約束まで忘れるなんてあんまりだ。
 ぼくの八歳の誕生祝い、新築祝いもかねて、ふんぱつしてホテルのレストランで食事しようって言ったの、パパじゃないか。
 買い物をするから、ママとぼくは先に来たけど、予約の時間はとっくにすぎたのに、パパはいっこうに来ない。
 きっと書斎で書きまくってるんだね。
 携帯電話(けいたいでんわ)は電波が届かないし、公衆電話をかけても、ちっとも電話にでない。ママはかんかんだ。
「もう。パパなんか、ほっときましょ」
 ふたりで食事を始めたとき、とつぜんバケツの水をひっくり返したようなどしゃ降りになった。
 それからピカッと稲妻が光ったかと思うと、ガラガラドドーン! と、どこかにかみなりが落ちたみたい。
 ぼくはママの怒りが嵐を呼んだのかと思っちゃった。
 食事がすんで帰ると家は真っ暗で、チャイムを押しても音が出ない。停電だ。
 暗闇の中、手さぐりでドアの鍵を開けて、靴箱のわきにある懐中電灯を持つと、ママはどたどたと階段を上がって、乱暴に書斎のドアを開けた。
「パパったら! なにしてたんです」
 ヒステリックにどなったけど、そのままかたまっちゃった。
 ぼくも懐中電灯の明かりに、ぼんやりと浮かんだその部屋の様子に、びっくりしてひっくり返りそうになった。
 なんと、パパのいすには、赤ちゃんがすやすやとねむっているじゃないか。
「た、た、た、たいへん。捨て子だわ。警察警察」
 ママはあわてふためいている。ぼくもあせったけど、ふと、パパの言葉を思い出した。
「ママ、おちついて。捨て子だったら家の外にいるはずでしょ。」
「あ、ああ、そうね。そうだわ」
 ぼくはママをソファにすわらせると、椅子のそばにたって、赤ちゃんを見ながら言った。
「パパがいつも言ってたことが、本当になっちゃったんだ。この赤ちゃんはパパなんだよ」
 当然、ママは目を白黒させて、わかったようなわからないような顔をしている。もちろん、わかってないよね。
 うそみたいだけど、それしかほかに思い当たることがなかったんだもん。
 すると、ぱっと電気がついて、パソコンにもスイッチが入った。
 なぜか、エラー画面じゃなくて、パパがお話を打ち込んだ時の画面になっている。それを見て、ぼくは確信した。
『パパは赤ちゃんになりました』
「ほら。ママ、見てよ」
 ぼくが指さすと、ママは立ち上がってパソコンをのぞき込んだ。そして、
「まあ、ほんと」
と、言って、その場にへたへたと座り込んでしまった。
 でも、赤ちゃんのかわいい寝顔をみているうちに、いつもの優しいママの顔に戻った。
「赤ちゃんは、このままにしておけないわね。おむつとミルクを買ってこなくちゃ。でも、パパがもどったら……」
 そのとき、ママの目がきらっと光った。言葉の続きはたぶん「ただじゃおかない」だと思うんだ。くわばらくわばら。
 
 次の日から、ママは赤ちゃんの世話で忙しくなった。ミルクにおむつ。それ以外でぐずったら、だっこしてあやしてやって……。
 洗濯物も赤ちゃんが一人いるだけでずいぶん増えた。
 最初のうちは、赤ちゃんはかわいいし、珍しさもあったから、あやしたりしていたけど、日がたつにつれて、ぼくの不満はつもりにつもった。
 だって、ママったら、赤ちゃんのことばっかりで、ぼくのことなんてかまってくれないんだもん。
 夜、お風呂にはいるときは、今までならパジャマを用意してくれたのに、自分でやりなさいだって。
 朝も起こしてくれなかったので、あやうく遅刻しそうになったし、着替えもそろえてくれなかったもんだから、うっかり靴下を左右ちがうものをはいちゃった。
「ママ、ぼくのことも考えてよ」
 ぼくはつい文句を言っちゃった。そしたらママはコワイ顔でぼくをにらんだ。
「りょうた。少しはお兄ちゃんになってくれないとこまるわ」
「なんだよ。ママのばか!」
 ぼくはふてくされて部屋に閉じこもった。
「もう、勝手にしなさい」
 ママは吐き捨てるように言って、赤ちゃんの方へいっちゃった。
 居間の方から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。赤ちゃんは昼は寝るのに、夜ちっとも寝てくれなくて、ママは寝不足みたい。
 よく考えてみると、赤ちゃんはぼくといるときは、あんまり泣いたりぐずったりしない。
 あやすとよく笑うし、笑うとかわいい。
「そうだよな。赤ちゃんはなんにも自分じゃできないんだもんな」
 ぼくはストライキをやめて、ママにごめんねって言った。
 それからぼくは、できるだけ赤ちゃんのめんどうを見るようにしたんだ。そしたらママも家事が楽になったって。
 そうして二週間が過ぎた日曜日のこと。ママは用事があってでかけることになっていた。
「だいじょうぶ? りょうた」
「うん。まかしといて。ミルクもおむつもばっちりできるから」
 ぼくは胸を張って答えた。
 ミルクを飲んでおなかがいっぱいの赤ちゃんはよく眠っているので、ぼくはそばでゲームをしていた。
 いよいよ最後のボスを倒すところまで来たとき、あの日みたいにとつぜん大雨が降ってきて、雷がなった。
 ガラガラドドーン!
 たちまち停電だ。
「くっそー、いいところだったのに」
 っていいながら、ぼくは赤ちゃんが気になったので、そっちを見たんだ。
「う、うわー」
 稲妻の光に映し出されたその影は、大人の大きさだった。
「赤ちゃんが巨大化した!」
 ぼくは腰を抜かしてへたへたと座り込んだ。 そのとき、電気がついて、ぼくの目に映ったのは、パパの姿だった。
「パ、パパ〜〜」
「ふわ〜〜〜、よく寝た」
 パパは目を覚まして、あっけにとられているぼくにおかまいなしに洗面所に行って顔を洗ってくると、書斎に入っていった。そうしてパソコンに向かって、お話の続きを打ち出したんだ。
「え〜〜と、パパが赤ちゃんになっちゃって……それから……」
 帰ってきたママは、パパの姿を見るなり、猫なで声で言った。
「おかえりなさい。あなた」
 あれ? 『ただじゃおかない』じゃなかったの? ぼくはこっそり笑った。
 パパがいうには、
「あのとき、稲妻が光ってまぶしくて目をとじたとき……パパのパソコンに雷が落ちたようなんだ。そのあとは覚えてないんだけど、とっても暖かくて、しあわせな気分で眠っていたみたいだ」