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時の部屋

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 しばらく歩くと、左に私の自宅マンションが見えた。短い階段を上って軒の下に入り、傘を畳んで一息つく。道路の方に振り返って、畳んだ傘を震わせて水滴を払った。前に視線をやると、世界は白く淡く閉ざされていた。古い映画のノイズのように、細かく絶え間なく、糸よりもなお細い雨の線。その中でぼんやりと輪郭をにじませる木々や建物が、蜃気楼のように頼りなく立っている。
 再び後ろに体を向けた。エントランスの重い扉を開ける。三〇三号室の郵便受けを確認。自動車保険会社のダイレクトメールが一通入っていたが、夕刊はまだ着いていないようだった。どうやら両親はまだ帰宅していないらしい。夫婦共働きなのである。
 操作盤に鍵を差し込んでオートロックの扉を開け、奥のエレベーターのボタンを押す。誰も使っていないらしく、即座に開いてくれた。三階のボタンを押して、傘を杖代わりにして壁に寄り掛かった。ぎし、と何かがきしむ音。意図せずして小さくため息が漏れる。扉が閉まる。エレベーターが動きだす。
 三階についた。
 扉が開く。んっと小さく力を入れて、壁に預けていた体を起こした。外に出る。エレベーターの扉が閉まり、一階に帰って行った。私は鍵を探すためにハンドバッグに手を
 ――ちゃり。
 足の裏に、何かが触れた。
 感触からすると金属質で、手の平に収まるくらいの大きさだ。そう、ちょうど五百円硬貨くらいの。期待に胸ふくらませて足をどけると、そこには銀色の鍵が一つ落ちていた。私が落胆したのは言うまでもない。拾い上げると、やはりこのマンションの部屋のものらしかった。鍵の持ち手に白いシールが貼ってあり、油性マジックで書かれたと思しき字で"301"と読めた。
「……三〇一号室の鍵、かな」
 三〇一号室、というと私の隣の隣の部屋である。鍵を手に、とりあえず部屋の前まで行ってみることにした。その部屋の人が落としたのなら、表札にでも引っかけておけばいいだろう。
 邪魔になった傘を私の住む三○三号室の扉に立て掛け、そのまま左に移動して三〇一号室の前に立つ。
 表札は、なかった。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一