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時の部屋

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時の部屋




 この名前のおかげでちょっとした損をすることがままあった。
 たとえば中学二年生の時の遠足の日。気持ちよく晴れはしないが雨が降ることはない、という天気予報の控えめな予報を大胆に裏切って、目的地に到着したとたんに一日中続く雨が降った。その日の遠足が予定の半分も消化できず終わったのは言うまでもないが、私の災難はそれからだ。
 ――「明智(あけち)明日香(あすか)さんって、名前の全部に日が入ってるのに雨女なんだね」
 ひどい言いがかりである。年のため言っておくが私は雨女と言われるほど重要行事に雨を降らせた覚えはない。
 それ以来、名前の全部に日が入っている、というのは私のちょっとしたコンプレックスになっていた。遠足の帰り道に言われた一言が後をひいて、未だに行事の日に雨が降ると一抹の罪悪感を覚える。遠足のあの日、降りしきる雨の中、私に雨女と言い放った生徒の名前を今でも私は覚えている。山田(やまだ)芳徳(よしのり)、私のコンプレックスの創始者である。
「山田か……、あいつ今何してるんだろ」
 独り言は湿った空気に溶けて、どこかに流れてしまった。実際のところ、山田がどんな顔だったのかもよく覚えていない。
 今日も雨が降っていた。六月の半ば、最盛期を迎えた梅雨前線は日本列島にでんと鎮座して動く兆しもない。二日ほど前から霧のような雨が降り続いていて、私の気分も不透明に落ち込んでいた。理由は言うまでもない。私はあれから自分の名前を嫌いになることはなかったが、代わりに雨を嫌いになった。
 濡れた歩道のアスファルトを踏みしめるたびに、ざり、と音がする。ふいにエンジンのうなりが聞こえたかと思うと、向こうから走ってきた車のヘッドライトが中空に光の道を作った。微かな暖気とともに排気ガスのにおいが漂う。湿った風が弱く吹いてそれを払うと、今度はどことなく甘く涼やかな雨の匂いが鼻を抜けた。私の歩みに合わせて差した傘が揺れ、雨滴がぽつりとつま先に落ちる。その日はスニーカーだったので、すぐに水気がしみ込んで冷たくなった。雨には雨の風情があるというが、やはり好きになれそうにない。
作品名:時の部屋 作家名:諫城一