【小さな幸せ10のお題】「お風呂」
お風呂
「天(てん)ちゃーん、これ見てよー」
天野光(あまのひかり)は、夕食の食材を買いに来たスーパーで、彼の同居人、松本王子(まつもとおうじ)が嬉しそうに持ってきたモノを見て大きく息を吐(つ)いた。
「買わんぞ」
一瞥して即答する。
「何でよ」
膨れっ面の王子が手に持っているのは、赤と青のクレヨンのようなモノが入った小さなパッケージ。何とかレンジャーやらの絵が入っている。明らかに子供向けの何か、だ。
――たく、だからこいつと出歩きたくないんだ。
光はイライラとポケットをまさぐり、煙草を取り出した。場所柄吸うわけにはいかないが、それでも1本抜き出して銜える。すうーっと息を吸い込むと煙草の葉の香りが鼻の奥を刺激した。
――ふう。落ち着け。
王子を拾ってから、煙草の量がめっきり増えた。――俺は高校生だぞ。と、自分に跳ね返ってくるだけの突っ込みも毎日のことだ。
人懐っこくて明るくて子供のように無邪気でそれでいて強(したた)かな。光は王子に振り回されっぱなしだった。
深呼吸してイライラを抑えると、光は王子を振り返った。
「もう帰るぞ」
強請(ねだ)るような瞳(め)を睨み返してレジに入る。
王子は、光の背中に舌を突き出して、
「俺様のお小遣いで買うからいいよーん」
と、光の視界の端で別のレジに入っていった。
「で?何余計なモノ買ったんだ?」
夕食の後片付けを終えた光は、銜え煙草でソファに腰を下ろした。
応接セットの隙間でラグに直接寝っ転がってテレビを見ていた王子は、どうやらそのまま眠っていたらしい。
「そうだっ」
と言って弾かれたように跳び起きると、半ばふらつきながら辺りを見渡し、自分の足下に小さな袋を見つけて嬉しそうに「あったv」と声を上げた。
ニコニコ顔で中身を取り出す。
「じゃーん」
王子はそれを光の鼻先に突きつけた。
「お風呂くれよーん」
光は黙ったままそいつを摘んでぽいーんと放り投げた。
「あーっ、何すんだよー」
王子は慌ててそれを拾い、そのまま風呂場へ続く廊下へ出て行った。
その、石鹸で出来たクレヨンのパッケージを口に銜え、そこでもう服を脱いでいる。
作品名:【小さな幸せ10のお題】「お風呂」 作家名:井沢さと