キャンバスの中の遊戯
「あ、そうそう、今日はお土産があるんだった」
美幸はそう言って僅かに口の端を上げると、くるりと後ろを振り向いた。そこには秋が立っていて、相変わらず状況についていけない表情を見せている。
「――あ、もしかして」
「やっぱり噂は早いわね」
茜は秋の存在に、些か驚いたような表情を見せていたが、すぐにくすりと楽しそうな笑みを浮かべた。どうやら転校生が入って来たという情報は、このクラスまで流れてきているようだ。
「噂には聞いてたけど、すっごく綺麗な子ねぇ」
「そうでしょ。図書室についてくるって言うから」
「え? 美幸にしては、随分仲良くなるのが早いんじゃない?」
「席が後ろなの」
二人の独特な雰囲気に、秋はどこか戸惑ったような、そんな表情を浮かべている。茜はそれに気がついたのか、にこりと秋へ視線を向けた。
「はじめまして。私、美幸の幼馴染で海道茜って言います」
「こんにちは。三浦秋です……」
秋は茜の言葉に、直ぐに順応して柔らかな笑みを浮かべた。茜は美幸と正反対の、社交的なタイプだ。だが、それを抜きにしても、秋はかなりの順応性があるようだった。
「ふふ。美幸の後ろの席なんて、勿体無いわね。……そうだ」
茜は僅かに声音を変えて、片眉を上げてみせた。眉を上げることで誤魔化しているように見えるが、美幸にだけは分かる。
彼女は緊張しているのだ。
「ね、部活はどこに入るか決めた?」
「ううん。今日、先生が教えてくれるって言ってたから」
「そうなんだ。ね、良かったら美術部においでよ」
「美術部?」
美幸は、茜が話そうとしている事に、小さくため息をついた。きょとんとしている秋に、茜は美幸の顔を見て、まだ教えてなかったの、と問う。
「だって、聞かれた事しか話してないもの」
「はぁ……、なんて美幸らしいの。あのね、美幸と私、同じ美術部なのよ」
「え? そうなの?」
「……そう」
やや面倒くさげに、美幸は頷く。秋はきょとんとした表情の中に、微かに違う感情を浮かべていた。それは、興奮にも似た表情である。
「……すごい偶然。俺、前の学校で美術部だったんだ」
「ええ?」
美幸と茜の声が重なった。秋は少し頬を赤くする。
「嬉しいな。今日、美術部にお邪魔してもいい?」
「も、勿論!」
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水