キャンバスの中の遊戯
直ぐに顔を戻した茜からは、明らかに生返事と分かる答えが返ってきた。それを背中で聞きながら、財布を取り出し、入り口へと向かう。
秋は、美幸と茜よりも少し離れた、入り口近くに陣取っていた。どうやらそこが、美幸達をデッサンするには丁度良い位置だったらしい。彼はきちんとモデルになってもらう、という事をせずに、日常のヒトコマをデッサンする事が多いことが分かってきている。
秋は既に、カンバスへと向かって、墨を動かしていた。黙々と、淡々と墨を動かす動作を続けている。
そこには、くっきりと、美幸と茜の姿が描かれていた。衣装などが現実離れしているので、おそらくは幻想的なものを描くつもりなのだろう。
ちらりとそれへ目線を送ると、足を止める事無く、美幸は美術室を出た。廊下を進んでいけば、幾分静けさに包まれた校舎が彼女を迎える。校庭からの喧騒が、大きくなって耳に届く。
階段を下りて、外へと繋がる廊下を歩いていく。自動販売機は食堂の横に設置されているので、一度校舎から出なければならない。遠いところが面倒だと、いつも思う。
そうして歩いていると、食堂側から、見知った顔が歩いてきた。美幸のクラスメイトの彼女達は、美幸に気がつくと、あ、と呟いて歩みを止める。
「部活?」
「うん」
二人は美幸の問いに答えを返すが、どこか煮え切らないような表情を浮かべていた。美幸は心の中で首を傾げるが、そこまで親しい訳でもなかったので、彼女達の横を通り過ぎようと試みる。
「あ、待って……!」
その時、二人は美幸を切羽詰った声で呼び止めた。やはり何かあるのだろうか。
「うん? 何かあった?」
「うん……」
二人はお互いを見ながら、どちらが話そうか思案しているようであった。やがて、二人のうち、比較的しっかりとした性格の子が口を開く。
「今ね、私達、隣の高校と合同練習してるんだけど……。三浦君って、その高校から転校してきたんだって」
「……え?」
唐突に出てきた秋の名前に、美幸はぽかりと口を開いた。二人は意を決したように、さらに続く言葉を紡ぐ。
ぼんやりとしながら、惰性で美幸は美術室への階段を上っていた。右手にあるお茶のペットボトルが、たぷん、と重く揺れる。
一番上まで階段を上った時、後ろからたん、と軽やかな音がした。くるりと振り向くと、手に荷物を持った茜が階段を上ってきている。
作品名:キャンバスの中の遊戯 作家名:志水