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卜者

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土方のあとをついて屯所に戻ってきた斎藤は、中庭で稽古をしている男たちの中にふと気になる顔を見つけ足を止めた。
「どうしたんだ?」
足を止めた斎藤にすぐに気づいて土方が振り返り、斎藤の視線の先を辿った。
「ん?」
「あの・・・奥で棒を使っている男ですが・・・」
斎藤の言葉にようやく目的の男を見出した土方は、あぁっとすぐに声を出した。
「山崎のことか。なにか気になるのか?」
「気になるというか・・・彼を・・・このあいだ町で見かけた気がしたので・・・それもたしか卜者のような格好をしていたと思いますが・・・」
隊士だったのだろうかと首を傾げる斎藤を土方は笑う。
「あいつはれっきとした新撰組の監察だ」
「監察・・・それであんな格好を・・・・」
斎藤が見たとき、彼は小豆色の布をかけた机を町の中に出してちょこんと座っていた。
机の上には難しい漢字の書かれた紙がおかれていたように思う。
にこにこと目を細めて一見気弱そうな男。年は斎藤よりも10くらいは上のようで、特にこれといった怪しいところはない。
無いが、しかし・・・・何かが斎藤の琴線に触れじっと彼の顔を見つめた覚えがあった。
今、改めてみると・・・町中で見たときと随分印象が違って見える。
大胆な棒のを繰り出すのとは裏腹に、やけに繊細な足元の運び・・・。
大降りな太刀筋を甘く見たものは命によって自分の愚かさを知ることになるだろう。
「興味が出てきたか?」
「えぇ・・・かなり、出来る人です」
こっくりと頷くと、土方は自分がほめられたかのように自慢げに鼻をフフンと鳴らした。
「あれもお前に似てかなり変わった男だ。お前とは気があうと思うぜ」
「・・・・私は別に普通でしょう」
心外そうに言い返す斎藤に
「そう思っているのは本人だけさ。お前も山崎もな」
土方は闊達に笑った。


翌日、まだ夜が明けきれない時間に目を覚ました斎藤は、身を切るような空気に白い息を吐き・・・そして、稽古でもしようと顔を洗って一人道場へと赴いた。
すると、道場の方からはすでに誰かが稽古をしている気配がする。
新人の奴らが少しでも腕を上げようと気張っているのか・・・と思いながら扉を開けると、そこには昨日、土方によって山崎だと教えられた男が一人黙々と竹刀を振るっていた。
昨日見たときと同様・・・どこか大雑把にも見える剣の振り。
しかし、それに対してまったくぶれることのない体。
かなり癖がありはするが・・それを良い方向に持っていっている。
数多くの人斬り達と剣をあわせてきた斎藤はそう評した。
しばらく一人で黙々と素振りを続けていた山崎は、ふと顔を斎藤に向け、剣をおろすと同時にその細い目で微笑んで見せた。
「やや。見とったんですか。恥ずかしいなぁ」
かなり癖にある言葉は京の訛りではない。おそらく大阪のものだろうと斎藤は思う。
「えぇ。かなり真剣なご様子。つい見とれていました」
「はは。三番隊の組長にいわれても素直によろこべまへんわ」
三番隊の組長ということは、彼の方は斎藤のことをしっていたらしい。
「いや、本当に。実は昨日も練習の様子をちらりと見たのですよ」
「おや、それはまた恥ずかしい」
彼は照れたように頭を掻く。
「昨日は棒をお使いのようでしたが?」
「えぇ。ほんまの専門は長巻なんです。」
長巻というのは槍の一種で、槍よりももち手の部分がやや短く代わりの刃の部分が長い。刃の部分が大きい分かなりの重量になるそれは、完全武装の上からでも胴を一太刀の元に切断することすら可能だといわれる。
しかし・・・その分扱いは難しい。
重いため使うものにかなりの負担を強いる武器で、また大きさがあるために間合いに入られた際にかなり不利だ。
斎藤はその長巻を頭に思い浮かべなるほどと思った。
彼の太刀筋はその長巻に適応した型なのだ。
「しかし山崎さんは細いのに・・・あぁ、いえ、決して愚弄しているわけではなく・・・」
「えぇ。わかっとります。たしかにあれは普通は熊みたいな男が使ってこそ真価が発揮される類の武器ですからね。しかし、これがなれるとなかなか面白い。」
「へぇ」
斎藤が目を輝かせて興味を示すのに、山崎は照れたように鼻を掻いた。
「あれはつまりは平衡性の問題でしてね。大柄で重い分、持ち上げて力を抜きさえすれば自然下に落ちる。そこに力を加えると軌道が変わる。その力具合の調整と、体重の使い方なんかでこんな細い体でも意外に俊敏に動かすことが出来る。っといっても、斎藤さんが言われるように私には耐え症がない。だから、先ほどは長巻が専門やぁ言いましたけど、実際は遊びに近いかもしれませんね。それに、私は実際にはあまり戦いが好きじゃないんですよ。だから本当の専門はこいつかもしれません」
言って彼が懐から出したのは小刀だった。
しかし普段みなれているものよりももち手がかな短く、刃が細く長い。
「それは・・・・?」
「私が自作したものです。」
「へぇ。器用なものですね。」
「はは。昔から手先だけは器用でしてね。私は先ほども言いましたけど、戦いはすきやないんです。実際にやるのは遠くから投げたり、後ろから近づいて喉を切ったりといったことです」
これが得意なんですわ。っと明るく言う彼だが、実際にはかなり訓練を必要とする業だろう・・・。
「まるで、忍者のようだ」
斎藤が感心して言うと、いやいやっと山崎は手を振った。
「実際、監察なんて忍者みたいなもんですわ。天井裏もぐったり、軒下に入り込んだり・・・・」
「そんなことを?」
「えぇ。時にはね。あぁ、それに卜者にもなったりしますね」
意味ありげににやりとしてみせた山崎に斎藤もわずかに口元を緩めた。
「あの時、私のことをじぃっと見てたでしょ?私、完全に卜者になりきっとったはずなんですけど、なんやおかしかったですか?」
「いえいえ、立派な卜者ぶりでしたよ。」
「でも、訝しげな顔してたやないですか?」
「確かに・・・でも・・・」
あれは特に理由があってのことではない。
ただなんとなく・・・なのだ。
なんとなく何かがおかしいような・・・何かがずれているような・・・・。
「似ていたからでしょうか」
「は・・・?」
「昨日、土方さんが言っていたのですよ。貴方と私は似ているって」
「似てますか・・・ね?」
腕を組んで首を傾げる山崎に、
「私たちは変わっているらしいです」
と斎藤が言うと、彼は一瞬きょとんとした顔をしてそれから楽しそうに笑った。
「副長がそんなこと言うてたんですか」
「はぁ」
「変わってるところが・・・ってのは微妙ですけど、三番組長さんに似てるっていわれるのは悪くないですわ」
「そう・・ですか」
「ま、そういうわけで、改めてよろしゅう頼みます。監察の山崎丞いいます」
人好きのする笑顔を浮かべて右手を出す山崎。
斎藤はそのあけっぴろげな態度に少々面食らいながらも、
「斎藤一といいます」
素直に名乗って右手を差し出した。
それを山崎が力強く握ってブンブンと振る。その思っていたよりもずっと強い力に、斎藤は呆気にとられるよりもむしろ感心してしまう。
「斎藤さんは、鉄面皮で冷たくて近寄りがたいって聞いてたんですけど、そうでもないですね」
「・・・そうですか」
作品名:卜者 作家名:あみれもん