星の降る夜
1
辺りは幾千幾万もの星の海が広がっていた。
力強くかがやきつづける星、新たに小さなかがやきを宿す星。そして弱々しく力つきていく星。
すべての星はいつかは流れ、また新たな星のかがやきを生む。
それが星の、生命のサイクル。
星は、すべての生命のかがやきと言われるものだった。
つきせは天上をすべりおちる流れ星のように、地上に向かって星々の海をゆっくりとすべりおりていた。
全身を黒に近いゆったりとした夜色のローブで包み、その幼い手には彼の小さな体には不釣合いなほどの大きな鎌をたずさえて。
さながら死神のようでもあるその姿は、彼らの住む世界で「星狩り」と呼ばれる者たちのあかしだ。
彼らは誰かの命がつきるとき、その命の「星」を狩りに出かける。
それはまさに、死神そのもの。
そしてつきせも、その「星狩り」一人だった。
星の海をすべり降りるつきせの目に、やがて闇に浮かぶ無数の街の明かりが広がってくる。
その明かりがぐんぐん迫ってくるにつれて、つきせは抱えるほどの大きな鎌を強くにぎりしめた。
表情もかたく強張っていく。
彼が向かう先に見えるのが、夜の闇の中でもくっきりと浮かびあがる白い大きな建物。
このところつきせが夜ごとに通う、街で一番大きな総合病院だ。
彼はそのある一室の窓へと近づいた。
はたから見れば人が宙に浮いていという超常現象的な光景なのだが、つきせの姿は普通の人には見えないからそのあたりでさわがれるという心配はしなくてもよい。
それでも念のためにあたりに気を配ってから、彼はこっそりと窓の内側をのぞき込んだ。
部屋の中には男の子がいた。つきせと同じくらいの年頃の幼い男の子だ。
彼は部屋に一つだけのベッドの上で眠っていた。
ほっと、つきせは息をつく。
それから目を閉じて、耳をふさぎ、大きく呼吸を繰り返す。
再び目を開ければ、今までけわしかったつきせの顔にもう笑顔が浮かんでいる。
その笑顔のまま、もう一度窓ガラスの内側を見た。
ベッドの上の男の子は、やはりすやすやと心地よい夢の中にいるよう。
しかしつきせは知っている。それが彼の巧妙なたぬき寝入りなのだということを。
こんこん。
「けーが!」
窓ガラスを叩き、中にいる男の子に呼びかける。
その途端、けいがと呼ばれたその男の子は、待ってましたとばかりに跳ね起きた。
「つきせ! 今日もきてくれたんだな!」
言うが早いかけいがはベッドから飛びおり、窓に駆け寄る。
「わあっ! だめだよそんなに走っちゃ!」
真っ青になって、つきせはあわてて窓を開け放ち、身を乗り出してけいがを止めた。
それなのにけいがは、つきせの心配などまるでそ知らぬ様子で、へーきへーきと軽く受け流してしまう。
「前から言ってるだろ?どーせすぐなくなる命なんだから、それが早かろうと遅かろうとかわらねぇって」
けろりと、けいがはそんなことを言う。
「そんなこと、言わないでよ……。助かるかも、知れないのに……」
つきせはけいがの言葉に顔を伏せ、震えた声でそう言った。
ぎゅっと、自分の夜色の服をにぎり締める。
本当はつきせが一番よく知っている。
自分で言っておきながら、けいががもう助かることはないことを。
けいがはもう治らないと言われた病気にかかってしまっていた。
それは、「星狩り」としてのつきせを彼のもとに来させるほどに悪かったのだ。
彼の死期は、もう間近だった。
「べつにいーよ助からなくても。もう分かってることだし」
けいがはだから気にしていないとからからと笑う。
「お前の話だと、死んだ人間っていうのはすぐに生まれ変われるんだろう?」
だったら次の未来で楽しく生きれればいい。
あっさりとまたけいがは言う。
たしかに、けいがはまちがっていない。
人は普通、すぐに新しい生をむかえる。
でもなんで?
なんで自分から死ぬだなんて?
今まで星狩りとして何千もの人々の死を見てきたつきせは知っている。
人は死ぬとき、だれもが必ず叫び声を上げるのだ。
とても苦しそうな、恐ろしい声を。
だれもがそんな声を上げるのに、死ぬことはそれほど苦しいことなのに、けいがは言うのだ。
自分から「死ぬ」だなんて。
ぽろぽろと、つきせのほおを何かが伝い落ちた。
次から次と流れ落ちて止まらない涙。
ぬぐってもぬぐっても、止まることはない。
そんな泣き出してしまったつきせの姿を見て、けいがはまたかとがっくりと肩を落とした。
つきせは泣き虫だ。
毎日必ず一度は泣いてしまう。
そのせいで、他の星狩りからばかにされることも多い。
理由は毎度ちがうにしろ、今回の理由は当然けいがのせりふだ。
今回はけいががつきせをなだめなければならない。
ただそれが毎日続くと、いいかげん、けいがも疲れる。
今日も、けいがの苦労は目に見えていた。
「悪かったって、もぉ言わないって」
けいがはかんべんしてくれと両手を上げた。
こういうときはさっさとあやまってしまった方がいい。
それでも今日のつきせは泣きやまない。
なかなか泣きやまないつきせに、けいがは段々といらいらをつのらせていた。
「だぁぁぁっ!! いいかげんにしろ! うっとうしいから泣くなっ!」
どなり散らすけいがに、びくっとしてつきせは泣き止んだ。
「そんなに泣くから他の奴らにばかにされるんだろっ!」
「ご、ごめ……っ」
ひっくひっくとしゃくりあげながら、つきせはけいがにあやまった。
だがよけいにひどく泣き出しそうになるつきせに、けいがはたじろぐ。
これでは、けいががつきせをいじめているようだ。
仕方なしに、けいがは一つ小さくためいきをつき、ぶっきらぼうに頭の後ろをかきむしった。
「ま、なんだ。俺も悪かったよ。でもさ、心配してくれるのはわかるけど、俺の運命がそんなもんだって言うなら、受け入れるしかねーじゃん?」
けいがはそう、苦笑してつきせをなだめる。
なぜ、けいがはそんなに笑えるのだろう。
苦笑するけいがをまともに見ることができずに、つきせはうなずくふりをしてまたうつむいた。
「ま、いいや。ともかく今は遊ぼうぜ」
無邪気な笑みとともに、けいがのてのひらがうつむくつきせに差し出される。
けいがが白い歯を見せて、まるですこやかな他の子供たちと同じように笑った。
つきせは、その笑顔と白くて小さなけいがの手のひらを見比べる。
今日つきせは、本当ならけいがの「星」を狩りにきたはずだった。
つまり、けいがのことを殺しに来たはずだった。
この数日間と同じように、けいがの星を狩るために。
だが、結局いつもけいがの星を狩ることはできなかった。
そのかわり、いつもつきせは普段体を動かして遊ぶことのできないけいがに、ほんの少しだけ遊べる時間を与えていた。
今日も星を狩らずに、つきせはけいがと遊びたかった。
だが、今日こそ狩らなければいけなかった。
つきせは迷った。
けいがは返事をしないつきせに首を傾げる。
「でも、今日は……」
意を決して、「今日は遊べないんだ」そう言おうとしたのに、言葉は続かなかった。