KNIGHTS~before the story~
ミットは構えた
あれから、なっちゃんの状態は少しずつだけど良くなっていった。名字にさん付けの呼び方と敬語は相変わらずだけど、随分話してくれるようにもなった。
そして今日、退院。
自宅に戻る前にグラウンドに寄ってくれると聞いて、今日はみんな異様なテンションで練習に励んでいた。そんなテンションは、グラウンドの外に赤い乗用車を確認した瞬間、最高潮に達した。
車から先に野口君が降りて、なっちゃんの手を引いている。
その様子を、俺たちはグラウンドの出入り口に迎いながら見ていた。
「なっちゃん!」
叫ぶように呼び掛ければ、小さく笑んで会釈が返される。こんな風に少しでも表情が出るようになったことが嬉しくてしょうがない。
「退院、おめでとう」
駆け寄って、みんな口々に話し出す。なっちゃんは少し困ったようにしていたけれど、それでも嬉しそうだった。
彼女の隣では、野口君が優しい表情でその様子を見てる。きっと彼も、あの状況から抜け出せたことが嬉しいのだろう。
やっと、前進できた。
大変なのはこれからだけど、今度は俺たちも一緒にいるから。
また、チームになろう。
「ナツ、ちゃんと話せよ」
野口君がそう促せば、なっちゃんは頷いた。前回は渋々だったけれど、今回は違う。
なっちゃんはマウンドに立った時のような目をして、俺たちを見た。
「皆さんに、お話があるんです」
真っ直ぐなその目は、しっかりとミットを見据えていた。
今でもよく覚えている。
なっちゃんがああいう目をした時には、最高のボールが投げられるんだ。
だから、今は何も怖くなんかないよ。
壁とか溝とか、そんなものはない。俺たちは、同じグラウンドに立っているんだから。
「私、一高を受けることにします」
凛とした声で放たれた言葉に、思わず呆然とした。
だって、来年からは一年だけとはいえ同じ学校に通えるってことだろう? 野球部に入るのは無理だとしても、見学とか応援とかさ。いや、たまに喋ったりするくらいでも充分だ。なっちゃんの様子が、いつでも分かる。いつだって、傍にいて大切なあの子を支えることが出来るんだ。
「身体のことも考えて、カイと飯島君が受ける一高にした方が良いってことになったんです。それに皆さんもいるから、って…」
ヤバい。嬉しくてしょうがない。
それってさ、少しは頼りにされてると思ったって自惚れじゃないよな?
それに、野口君と飯島君が野球部に入ってくれたら人数が揃う。なっちゃんが録ってくれていたデータもある。それを巧く駆使すれば、きっと勝てる。
最高のチームで、最後の夏を戦えるんだ。
なっちゃん。
君はまた、スタンドから手を振ってくれる?
作品名:KNIGHTS~before the story~ 作家名:SARA