かいなに擁かれて 第六章
信は魅華のマネージャー役を買って出てくれたのだ。昨日、仕事の後、信は予め魅華に聞いていた希望の日程を、安宅に会い申し入れてくれた。会場費も売れたチケット代の半分ということで承諾を取り付けてくれたのだった。
魅華のソロコンサート。
12月24日。
クリスマスイブにその日は決まった。
駅から山麓の稜線に向かい、緩やかに流れる川に沿って少し行くとオープンテラスのあるカフェがある。時間がまだ早いせいか、テラスには、ふたりだけだった。
駅を出た頃に感じた湿気を多く含んだ不快さは、そこにはなかった。
時折山あいから吹き下ろす風は、緩やかに流れる川面に一旦舞い降りて、涼気を含み爽やかな蒼い風となってテラスに届く。
「信ちゃん、本当にありがとう。一緒に安宅さんにお願いしたかったのに」
「いや、いや。挨拶は改めて。と言ったのは俺だよ。マネージャーだからね。俺に任せておいてよ。安宅も気持ち良く引き受けてくれたから安心しな。良かった。良かった。さぁ、とりあえず乾杯だ」
「うん、本当にありがとう」
同じグラスに注がれたビールなのに、信のグラスの方が小さくみえた。グラスを触れあわせ、それを口にした。
「凄くおいしい」と魅華は思った。
細い目を更に細めて信は一気に飲み干した。空いたグラスをテーブルに戻すと、
「すみませーん、おかわりお願いします」と、云って、微笑みながら魅華をみた。
「あ、魅華ちゃんは? まだいいか」
うん、うんと魅華は自分のグラスに目をやった。信が頷く。
「魅華ちゃん、スケジュール、これから大変だよね。無理するなよ。案内やパンフ、チケットとか、とか、あ、俺、音楽のことはよく分からないから進行の演出とかも、だけど俺頑張るぞ。絶対に成功させてあげたいんだよな。なんかさぁ、自分のコンサートみたいな気がしてね。頼りないかも知れないけど、一緒にやらせて欲しいんだ。お願いだから」
「信ちゃん、頼りないなんて……、ありがとう。本当に感謝しています」
「魅華ちゃん、俺ね……」
何か言おうとする信を魅華は見つめた。しばらくの沈黙のあと、
「いや、いや、頑張ろうね。司会とか進行役の練習とかも、俺、しちゃおうかな」
細い垂れ下った瞳に一瞬、魅華は憂いを見た。多分――、信ちゃんは――と思った。
作品名:かいなに擁かれて 第六章 作家名:ヒロ