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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Possessors

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「先ほども申し上げましたが……」
 禁句の中の禁句。人を怒らせる魔法の言葉。特に、コールセンターに怒りをまき散らすクレーム客に対しては、そのマイナス効果は絶大だ。上司が応対の様子をチェックして回る後ろ姿に隠れるようにして、つい小声で囁いてしまった。
「だから何? いちいちあなたの言うことを一字一句覚えてろって、そう言ってる?」
 やはり、火に油を注いだ。でも、まだ理性が残っている。
「配管側の施工業者に聞いていただくのが、よろしいかと」
 すでに結論が出た話を、私は繰り返した。
この『お客さま』は主婦で、名前は上野千代子。中古の一軒家に住んでいて、新築のときに配管を施工した業者とは、連絡がつかない。だから、高い工事費をかけて設置したうちの給湯器は、その性能を半分も生かせていない。返事を待っていると、長いため息の後に低い声が続いた。
「はい。前のオーナーに連絡が取れるか確かめてみます。藤野さん、前の電話もあなただったでしょう?」
 名前を呼ばれて、私は思わず瞬きした。キレ散らかすタイプが一番楽だけど、こういう理詰めで来るタイプは動物扱いができないから、こちらも人間として相手をしなければならない。
「はい、仰る通りです」
「次はすぐに別の人を出して。あなたと話してる時間の半分は堂々巡りで、無駄だったから」
「失礼いたしました」
通話が終わり、私は二台あるディスプレイを眺めた。右側に給湯器の説明書を開いて、左側には顧客情報を並べている。応対履歴のウィンドウにはAIが聞き取った音声がすでに文字変換されていたが、小声で囁いた禁句は拾われていなかった。私は『次回着電後すぐにエスカ』と書き足して、応対履歴を閉じた。これで自分も含めた他の職員は上野さんの文句を聞かずに済む。
最初のクレームは、一ヶ月前。給湯器を新調して使い始めたら、一週間も経たない内に家の裏から何かが軋むような音が鳴ったのだと言う。応対履歴によると、そのときは上司の坂井が一般的な温度設定を提案した。そして、前回の電話は三日前。水道料金が明らかに上がっていて、配管が割れている可能性があるらしい。温度が高すぎて配管にとどめを刺したのだろう。その電話を受けたのは私で、聞いたときはすぐに『配管の業者に言ったら?』と思った。八十度に設定して六十度のお湯が出たらうちの瑕疵だが、正しい温度で出てきたお湯が配管を割ったなんて、知ったことじゃない。
 うちはメーカーじゃなくて、あくまで代理店。給湯器であったり、ヒーターであったり、何かを温めるものはほとんどを扱っている。でも、一流品は回ってこない。流れてくるのは、設計が甘かったり大量に生産しすぎたり、何らかの事情を抱えた製品だ。かといって価格が安いかというとそうでもないから、中々ヤクザな商売だと思う。もちろん、そういう商品は品質も中途半端だから、クレームが多い。そのしわ寄せが来るのはコールセンターで当然きつい職場になるが、午前十時から十六時という変則の時短シフトで働ける職場は、近所だとここしかなかった。美味しい話には、何か罠があるものだ。
それでも私がこの仕事を選ぶのには、理由がある。それは、怒りで理性を失くした人間を見るのが好きだからだ。最初は穏やかに説明していた人間が、徐々に自分の買い物の失敗に気づき、その怒りをまずは生身のサンドバッグであるコールセンターのアルバイトにぶつけ、パニックで昆虫のように縮んだ脳みそをフル回転させて対応策を捻り、もう返品ができないことを悟り、昨日よりも少しだけ不便になった日常に戻る。その様子を見ていると、人間がいかに簡単に理性を失うかということがよく分かって、面白い。だから電話が鳴らないときは同僚の応対履歴を音声で聞いて、参考にしている。周りからは勉強熱心だと褒められるけど、私からすれば、人が理性を失っているときの声はコントと同じ。
だから、上野さんは物足りない。解決しようとしている前向きな姿勢は滑稽だけど、一度割れた配管は入れ換えないと元に戻らない。それこそ、ざるで鍋料理を作ろうとするようなものだ。それでもまだ、罵詈雑言を並べ立てるような段階には至っていない。
私は、説明書に記載された品番と応対履歴を見比べた。
『ここの給湯器は、近所の奥さんに便利だと教えてもらった』
家庭用であれば問題ないが、上野さんが購入した品番は民家ではなく小規模オフィスで使うためのものだ。結局、営業も施工業者も見て見ぬふりをしたのだ。営業は自分の成績に新たな『成約』の丸をつけるため、施工業者は壁に穴を空けて給湯器を設置するため。皆、お互いの分野の中でしか物事を見ていない。
十六時になり、ヘッドセットをフックに引っかけてパソコンの電源を切った私は、咳ばらいをすると地声で呟いた。
「上がります」
 隣席の松平があくびを噛み殺しながら、笑った。
「藤野さん、マジで声作りすぎ。疲れない?」
 私は、愛想笑いを返した。この壁が仕事中に壊れることはない。母を反面教師にしている限りは。
「これぐらい切り替えないと、持ちませんよ」
    
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「ほんとにね、柏木さん。ひどいのよ。今日も電話したんだけどね」
 千代子さんは、目利きみたいに野菜をじっと見つめながら、隣で白ネギの束を持ち上げたわたしに言った。例の給湯器の件で、二時間前にコールセンターに電話したところ、前と同じ『のっぺらぼう』の女が出て、平板な口調でマニュアル通りの対応をされたのだという。
「解決しそうにないんですか?」
 わたしが白ネギをカゴへ放り込みながら言うと、千代子さんは鼻息荒くうなずいた。その隣で買い物に付き合っている男の子は小学校一年生で、名前は晴也。うちの直人とは二歳違いで、遊び仲間という感じにはならなかった。今は千代子さんが何に対して怒っているのか、よく分かっていない感じだ。わたしは千代子さんに歩調を合わせながら言った。
「次に電話しても、のっぺらぼうが出るんですかね」
「出たら、何も言わずに別の人に代わってって、言ってやった」
 一発食らわせたといった感じで、千代子さんは胸を張った。わたしは晴也くんとちらりと目を合わせて、『お母さん強いね』というメッセージを表情だけで送った。そして、肉のコーナーに辿り着いたときに言った。
「すみません、わたしが薦めちゃったばっかりに……」
「いえ、そこはちゃんと営業と詰めなかった私が悪いんだけどね。あの人も、もうちょっと親身になってくれたらねえ。家まで見に来てるのに、配管が心配だなんて、ひと言も言わなかったから」
 千代子さんは早口で言うと、お菓子の列に目を奪われている晴也を引き寄せた。わたしは、その所作が随分と荒っぽくなっていることに気づいた。わたしが直人をこんな感じで引っ張ったら、直人は帰ってすぐに浩人に報告するだろうし、浩人は直人が眠った後にわたしを呼び寄せて、言うだろう。『子供に当たるなよ』と。上野家には、そういうシステムがないのかもしれない。実際、年齢は少し離れている。わたしが三十歳で千代子さんは四十歳だから、十歳も違うのだ。
「結局、結論は出そうなんですか?」
作品名:Possessors 作家名:オオサカタロウ