僕たちは何故かプロレスに憧れた
お客さんのカウントの大合唱で僕は勝利を確信した。増井さんの手が3つ目を叩くべくリングに向かって振り降ろされた。僕はその手がリングに着くのを待っていた。増井さんの手がリングに着く直前、SASAKIの体が動いた。カウント2・9。お客さんが盛り上がる。お客さんのリアクションとは裏腹に僕は焦っていた。しかし立ち上がったSASAKIを見て僕は異変に気付いた。明らかにSASAKIは気絶していた。気力だけで立ち上がったのだ。僕は落ち着きを取り戻した。そしてSASAKIに対してこれまでで最高の打撃のラッシュを撃ち込んだ。SASAKIはノーガードだった。いやガード出来なかったのかも知れない。でもとても満足そうな表情をしていた。数えきれない程張り手を撃ち込み、最後にハイキックを撃ち込んだ。SASAKIは受け身も取らずに後ろにゆっくりとスローモーションのように倒れた。何故かそれはとても美しく見えた。そして僕はトップロープの方を見てお客さんにアピールをした。その瞬間僕の目にはある光景が飛び込んできた。それはマツの写真を持ったマツのお母さんだった。写真の中のマツは最後に見たあの笑顔だった。僕はSASAKIに背中を向けてコーナーに上がった。そして僕はマツとヒロと僕で見たプロレスのDVDの中で初めて見たムーサルトプレスを初めてやった。そしてカウント3が入った。爆発したような歓声が起こった。リングサイドからはGDTの選手達がなだれ込んで来た。僕は誰かに担がれた。担ぎ上げられた僕は二階席を見た。僕の視線の先ではヒロとマツのお母さん、そして写真の中のマツが笑っていた。僕は嬉しくなった。リング上では力なくSASAKIが立ち上がった。フラフラと近づいて来たSASAKIは僕の目の前で立ち止まり右手を差し出して来た。僕はその手を握り返した。握手を終えるとSASAKIは僕の右手を高々と上げた。それだけするとSASAKIはリングから降りた。僕はマイクを手に取った。
「SASAKI!…ありがとう。またやろうぜ」
色々言いたい事はあったが疲れきっていた僕にはその言葉が精一杯だった。リング下ではSASAKIがマイクを手に取った。
「SATOSHI、待たされたけど、良かったよ。そのベルトは預けただけだからな。また取り返しにくるからそれまでしっかり守っておけよ」
僕はSASAKIからのエールを心に刻み込んだ。あの時止まった時計の針がやっと動き出した。僕達は分かっていた。僕達の戦いはまだまだ始まったばかりでこれからも続くと。
作品名:僕たちは何故かプロレスに憧れた 作家名:仁志見勇太