旅エッセイー四国1 松山、四万十
翌日は四国カルストを通って愛媛に戻る。高知から内陸部に入ると山道が続き天狗高原、五段高原を経て姫鶴平に至る。緑の斜面に白い鳥が群れているように見える大量の白い石灰岩が突き出したカルスト台地は、所々牧場になっており、放牧された黒や茶色の牛が道路際までうろうろして草を食べている。ここの牛乳のソフトクリームを食べてみたかったが本日休業。天気はうす曇りとはいえ高原だからか気温が15℃。5月にしてはけっこう寒くソフトクリームを食べる気温でもないからまあいいか。
曲がりくねる山道を降り蕎麦屋で昼食を摂り松山、道後温泉へ向かった。
ホテルに車を停め市内散策にでかける。坊ちゃんで有名な道後温泉本館は中には入らず外側から写真を撮り、階段を昇りつめた上にある伊佐爾波神社に参拝。景色が良い。応神天皇、仲哀天皇、神功皇后などが祀られ、壁がなく朱塗りの柱が並ぶ開放的な拝殿。そして坊ちゃんからくり時計やらアーケードなどを見て市電で松山駅へ行ってみる。JR松山駅は正面から見たら一見なんとレトロな駅舎、と思いきや、旧駅舎は解体寸前、新駅がほぼ完成、という状態だった。松山市はJR松山駅より伊予鉄の松山市駅界隈のほうがデパートや商店があり賑わっている。JRの周りははっきりいって何もない。
夕食後夜の道後温泉を散策。ライトアップされた道後温泉本館はなかなか風情があるし、ほとんど閉店しているアーケードや周辺の歓楽街ネオンも温泉町らしい雰囲気がでている。ちなみに歓楽街らしきエリアは歌舞伎通りと書かれているが、新宿歌舞伎町のような、ということだろうか。道後ヘルスビルなる建物にでている看板が「優しいひとづま」だの「秘書におまかせ」だの、いかにも昭和な感じで笑える。その一画以外はいたってまっとうな温泉街ですが。
翌朝は雨が降ったりやんだりしていたが、再びしまなみ海道から大島の村上海賊ミュージアムへ行く。
村上海賊は14世紀半ばから瀬戸内海で活躍した一族とのこと。海賊というとカリブの海賊のような犯罪集団を思い浮かべるが、こちらは瀬戸内海の島々に拠点を持ち海上交通を掌握し仕切っていた一族とのこと。平時には水先案内や海上運輸や警護を、戦時には戦闘を担ってきたという。戦国時代は大名との関りもあり政治経済に色々影響力をもっていたらしい。江戸時代以降村上水軍と呼ばれていた時代もあったが古文書には村上海賊と記されているとか。漫画ワンピースの世界では海賊と海軍が敵対しているけれどね。
四国に戻り藤堂高虎が築城したという水に囲まれた今治城へ。城そのものは明治時代初期に廃城、破却が進むが、中心部の内堀、石垣が現存。現在は天守や櫓、城門などが再建されている。石垣に一部大理石が使われているとか。
そして松山に戻って松山城へ。ふもとからはリフトがあるが時間をかければ歩けそうな距離と傾斜。天守閣は天明時に落雷で消失したが、幕末に創建時の桃山文化様式にのっとって再建されたものが現存している。石垣の隙間には草が生えかわいいピンクの花が咲いていた。
時間もないのでそこそこで切り上げ空港へ行く前にちょっと地元スーパーへ寄りお土産用ミレーのビスケットを購入。東京には売っていないゆず風味だのトリュフ味だの、その他色々な種類があるのだもの、珍しいではないか。
松山空港は市内から割と近いせいか、空港へ至る道路が夕方近くなるとラッシュで渋滞しけっこう焦る。北海道とか長崎も、空港周辺が混むという経験がなかったもので。
ここの保安検査はバッテリーやペットボトルを出して別トレーに乗せろとか、案外シビア。羽田なんか数が多いからかけっこうざっくりだったのだが。飛行機は多少遅れて到着したが、まあ無事に東京に帰れました。
作品名:旅エッセイー四国1 松山、四万十 作家名:鈴木りん



