Tiptoe
めっちゃ忘れてるな。
がらんとした音楽室の机に取り残された筆記道具一式を見て、わたしは吸い込んでいた息を細く吐いた。実際、中学校というのは想像していたほど悪い場所ではなかった。もうすぐ二年生に上がるし、その過程で友達を作ることにも成功している。なんとなく周りに担がれた感じはあるけど、こうやって風紀委員の一員として見回りをするぐらいには、立ち位置を得た。竹井真凛は、クラス全体を動かせるムードメーカーとまではいかないにしても、それなりに明るい空気を持った女子。という自負は、だいぶ固まってきている。
それでも、まだどこか居心地が悪い。
家族ごと東日本に引っ越した上に、中学校から私立に入った息苦しさもあったけど、それに上乗せされているのは、同級生とは違う『方言』だった。頭の中だけで話す言葉をまず変換しないと、周りに驚かれる。そんな風に話す子もいるけど、わたしはその立ち位置には収まりたくない。『これって、そっちの方言だとなんていうの?』とか、『そっちだとお醤油をかけるんだよね?』とか、必ず最初に『そっちの』という枕詞がついて、永遠に仲間に入れてもらえない気がするから。でも、めっちゃ忘れてるというのは、なんて言えば適切なんだろう。
思い切り忘れている?
いや、それだと忘れた人が間抜けみたいだ。わたしは『めっちゃ』に該当する正しい言葉をコンマ二秒ぐらいで編み出さなければならない。友達と話すときは特に、この時間を最小限にすることが重要だ。
今は、誰とでも話せる性格に進化したけど、特に仲良くしてもらっているのは、飛野綾香と魚住ゆかり。この二人は小中一貫組で、そのころからの仲良しらしい。いつも一緒にいるから、苗字から一文字ずつ取って『トビウオ』と呼ばれている。わたしの名前は『竹』だから、飛んでいるどころか地面に突き刺さっているし、海を示す要素は全くない。林に隙間なく突き刺さっていて、ちやほやされるのはタケノコの時期だけで、賞味期限なんてすぐに切れる。そんなわたしが二人にお昼ご飯を食べようと誘われたのは、一学期の最初の方だった。
二人のやり取りは面白い。飛野が話す役で、魚住は聞き役。常に元気な飛野の話し方は身振り手振りが多くて、蝶がひらひらと舞っているように見える。おっとりしている魚住は、お弁当のおかずをひとつずつお箸で掴みながら食べて、真顔で相槌を打つ。口の中に食べ物が入っている間は返事をしないし、飛野は舞うペースを少し緩めている。この辺は付き合いが長いからこそ。飛野は高名な脳神経外科医のひとり娘で、魚住は魚住財閥の令嬢。そういう姿を見ていると、元気で上品なお嬢様二人と一緒に机を囲む三人目のわたしは何なのか、よく分からなくなってくる。
そもそも、住んでいる世界が違う。
竹井家に転機が訪れたのは、三年前。遺産が転がり込んできて、全てが変わった。道が開けたと言った方が正しいかもしれない。この一時的な爆発力で、当時成績が良かった小学校五年生のわたしは、突貫工事で私立へ頭を突っ込むことになった。わたしが絵に描いたようなガリ勉で、友達と離れ離れになるのが嫌だと定番のゴネ方をする子供ではなかったというのも、あるのかもしれない。これではいけないと思って無理やりキャラ変したのは中学校に入る一週間ほど前で、わたしはそこから一年近く、薄いお面のような社交性をキープしている。もしかしたら、小学校のクラスメイトはわたしだと気づかないかもしれない。卒業アルバムには寄せ書きが挟まっていて、『まりん、引越し先でも元気でね』とか、『竹井、成功を祈る』とか、ほぼ全員からの言葉が並ぶ。貰ったとき、その歯切れの良さになんとなく納得した。みんなが先生に言われて書いたに違いない餞別の言葉たちは手切れ金で、わたし達はこの寄せ書きを保険に、二度と顔を合わせずに済むのだろうと。
そして、竹井家はわたしの小学校卒業と共に少しだけ東へ引越しをして、見事に東日本の住人となった。ついこの前まで新型のカローラは高いと買い替えを渋っていたお父さんは、メルセデスベンツの数字が覚えられない車を買った。お母さんはストレートパーマが綺麗に当たった教育ママに変身したけど、中途半端に元のいい加減さが残っていて、それが見えるときだけ懐かしくなる。でも、引っ越す前にわたしが百均ショップの『ワンコイン館』で見つけてきた便利ハンガーみたいなアイテムはもう使わないし、ちゃんと家の格にあった物を揃えている。便利ハンガーは、丸首のTシャツが伸びないように工夫されたやつで、お父さんとお母さんに褒めてもらった思い出の品だ。でも、新竹井家にはそういうものは必要ない。完璧な変身を遂げたのだから、当然だ。引越しのタイミングだって、ちゃんと計算されていた。
『真凛がちょうど、中学校に上がるからね。このタイミングで行こう』
二人ともこう言って自分自身を納得させていたけど、小学校に上がると同時に転校する羽目になった妹の智香は、わたしに似て人見知りが激しかったから友達が少なかったとはいえ、ちょっと可哀想だと思う。七歳年下だから、なんとなくわたしの娘のような感じすらしてくるけど、とにかく引越しのときに智香の名前は一切出なくて、わたしだけ人権が認められているような感じではあった。そして、さらにもうひとり。暫定末っ子の香苗がいる。四歳で、自分が引っ越したことにすら気づいていない。こっちはもう、孫の感覚だ。その動きの激しさは、どことなく飛野に似ている。
そんな感じで、竹井家は三姉妹。家の中は常に台風が巻き起こっている。突風と鉄砲水が荒れ狂う家の中では、自分のものには印をつけてマーキングしておかないと、わたしの持ち物はひと晩ですっからかんになってしまう。
だからこそ、この筆記用具一式を忘れた主の頭の中は、わたしには理解できない。持ち主は疑いようもなく、湯河原治樹くんだ。なぜ分かるかというと、彼は持ち物全てに名前を書いていないから。あまりにも徹底していて、『無記名であれば湯河原くんのもの』みたいな不文律すら出来上がってしまっている。そして、先生にどれだけ指摘されても、湯河原くんは『いえ』とか『はあ』とか気の抜けた返事をするだけで、絶対に言うことを聞かない。
湯河原家は昔から代々続く地主で、湯河原くんはそこのひとり息子。家は、わたしの通学路から一本外れた上り坂の頂点にあって、その門がすでにうちの家ぐらいの大きさだ。湯河原くんは、どういう基準で人付き合いをしているのか、よく分からない人だ。横の席に座る山科くんとはよく話しているけど、そんなに仲がいい風ではないし、グループ発表のときは、組を作るときに全員が動き出す中、気を遣った別のグループが声を掛けてくるまで、湯河原くんは自席から動かなかった。かといって宿題を忘れることもなく、成績も上位で、小柄な方だけど体育でも結構活躍している。バランス型だ。名前を書かないという反抗期だって、テストではちゃんとフルネームを書いているはずだから、そこまで深刻じゃないはずだ。
でも、彼が忘れ物をするのは初めて見た。



