萌葱色に染まった心
三人の声とグラスがぶつかる音は、ほぼ同時だった。そして、それを一気に飲み干し、二杯目がお互いのグラスに注ぎ込まれる。
「お前がいなくなると、寂しくなるな?」
「そうねぇ、特に手が掛かる子じゃなかったけれど、いままで三人でやってきたから、一人減るっていうのは、大変な事よね」
しみじみと二人は語る。
「だったら、弟か妹でもつくれば? 二人ともまだ若いんだし……」
「こいつっ」
和博は笑いながら徹の頭をこづく。いつもはわりと大人しい徹だが、この時ばかりはと、軽いノリで和博の調子に合わせている。楽しそうに酒を飲んでいた和博は、ふとまじめな顔になった。
「お前に一つだけ、いわなければならない事がある」
和博は急にそう切り出した。琴子ははっとして、「あなた!」と首を左右に振ってたしなめる。まるで、言っちゃダメとでも言うように。だが、和博は真剣な眼差しを琴子に向け、再び徹を正面から真っ直ぐ見つめる。
「オレはお前の本当の父親ではない。もちろん、母さんも」
「えっ?」
「お前の本当の母さんの名前は月成香織。お前が生まれて間もなく亡くなったオレの実の姉だ」
「……」
「お前の父親の名は月成幸雄」
「やっぱり、亡くなったの?」
「いや、行方が知れない」
「……そっか」
「ごめんなさい、今まで黙ってて……」
と、琴子。観念したようにうなだれ、徹に一言詫びを入れた。それに続くように和博は口を開いた。
「本当は言うつもりはなかった。だけど、やっぱりお前に伝えておくべきかなって思ったから……」
「ありがとう。父さん、母さん」
「お前……」
「オレのためを思って、今まで黙っててくれたんでしょう? 辛かったよね。でも、やっぱり、オレにとっては二人が父さんと母さんだよ」
徹はそう言って笑顔を二人に向ける。
「徹。ありがとう」
琴子が涙を流した。十八年近く一緒に暮らしてきて、徹が見た琴子の涙はこれが初めてだった。
「オレのために、もしかして、二人は子供をつくらなかったの?」
「お前が気にすることはない。あえてオレたちが選んだ道だ」
「でも……」
「徹。お前は私たちの大事な子供。だからね、突かれたらいつでも帰っておいで」
「うん。そうする」
一家の団欒は夜遅くまで続いた。