自分が好きかどうかで、人生の彩度は変わる
「自分が好きかどうか」。
この問いは、気分や性格の話では終わらない。
大げさに聞こえるかもしれないが、人生の彩度と難易度を根本から変えてしまう要素だ。
「雲泥の差」という言葉がしっくりくるのは、それが一時的な感情ではなく、日々の選択、人間関係、そして困難から立ち上がる力――レジリエンスにまで直結しているからである。
精神的エネルギーの「燃費」が違う
自分が嫌いな状態とは、例えるなら、頭の中に常に厳しい監視役が住んでいるようなものだ。
何かを始めようとするたびに、「どうせ失敗する」「変に思われる」「恥をかくぞ」とブレーキを踏む声が聞こえてくる。
この状態では、ただ生きているだけでエネルギーを消耗する。
前に進む力の半分以上が、内側との消耗戦に使われてしまうからだ。
一方、自分が味方でいられる人は違う。
失敗しても「次はこうしてみよう」と考えられる。
エネルギーを自分との戦いではなく、仕事や創作、関心のある世界へと向けることができる。
同じ一日でも、使えるガソリンの量がまるで違う。
選択の基準が変わると、人生の手触りが変わる
自分を嫌っていると、選択の基準は外に置かれがちになる。
「どう見られるか」「嫌われないか」「正解に見えるか」。
その結果、選んでいるようで、実は選ばされている人生になる。
後から振り返ったとき、「確かに間違ってはいないけれど、自分の人生だった気がしない」という空白感が残る。
自分を受け入れている人は、「自分はどうしたいか」「何が心地いいか」を基準に選べる。
たとえ結果が思わしくなくても、納得がある。
この納得感が、「生きている実感」を生む。
他人との距離感が自然になる
意外に思われるかもしれないが、自分を受け入れられると、他人への警戒心が薄れる。
自分を否定していると、褒め言葉を素直に受け取れない。
裏を読んだり、いつか裏切られるのではと身構えたりする。
批判には必要以上に傷つく。
しかし、自分を認めている人は、他人の評価に人生を預けない。
だからこそ、他人の成功を喜べるし、無理な関係にはきちんと境界線を引ける。
対等な関係が築けるようになる。
「好き」にならなくてもいい。敵対しなければいい
ここで大切なのは、「自分を大好きにならなければならない」と思わないことだ。
それは多くの人にとって現実的ではない。
必要なのは、自分を嫌うのをやめること。
言い換えれば、休戦だ。
少なくとも、自分という人間の一番の理解者、味方でいようとすること。
人生は、「自分」というパートナーと一生を共にする長い旅である。
仲の悪いパートナーと旅をすれば、景色は常に灰色になる。
少し気が合うだけで、同じ道でも見える色は変わる。
自分と敵対しない。
それだけで、人生のハードルは確実に下がり、歩ける距離は驚くほど伸びていく。
作品名:自分が好きかどうかで、人生の彩度は変わる 作家名:タカーシャン



