ついでに生きていないか
ついでにコンビニに寄る。
本来の目的は一つだけだったのに、
気がつけば袋の中は余計なものでいっぱいになる。
甘いもの、
新商品、
今だけ、限定、話題。
失ったのは小銭だけではない。
時間と家計と、判断力だ。
これはコンビニの話ではない。
今の時代そのものだ。
スマホを開けば、
ついでにニュース、
ついでに広告、
ついでに不安、
ついでに怒り。
必要だった情報は一つなのに、
気づけば頭の中は
余計な情報で満杯になる。
現代は、
「考えさせる時代」ではない。
考えなくてもいいものを
考えさせられる時代だ。
だから今必要なのは、
情報を増やすことではない。
減らす勇気だ。
コンビニで余計なものを買わない練習は、
人生で余計なものを抱えない練習でもある。
ついでに寄らない。
ついでに考えない。
ついでに振り回されない。
選ぶものが減るほど、
人生は軽くなる。
ついでにSNSを見る
ついでにスマホを見る。
目的は一つ、連絡の確認だけ。
それなのに、
指は勝手にSNSを開いている。
数秒のつもりが、数十分。
笑い、怒り、羨み、比較し、
気づけば心がざわついている。
これは情報収集ではない。
感情のついで摂取だ。
他人の成功、
他人の不幸、
誰かの正義、
誰かの怒り。
自分には直接関係のない人生が、
大量に流れ込み、
心の容量を奪っていく。
SNSは悪くない。
問題は、
「ついで」に入ってくることだ。
ついでに見る情報は、
ついでに感情を奪う。
そして本当に向き合うべき
自分の時間を削っていく。
だから、
見るなら目的を持って見る。
なければ、開かない。
ついでに見ない。
ついでに比べない。
ついでに疲れない。
静かな時間は、
何もしないことで守られる。
ついでに予定を入れる
ついでに、この日も空けておこう。
ついでに、顔を出しておこう。
ついでに、断るほどでもないから。
そうして予定は、
自分の意思ではなく
流れと空気で埋まっていく。
気づけば、
何もしていない時間がない。
けれど、
本当にやりたいことも残っていない。
予定が多いのは、
充実しているからではない。
断らなかった結果だ。
本来、予定とは
人生の主役を守るためのもの。
だが「ついで」の予定は、
人生を脇役に押しやる。
断らなかった一つ一つが、
静かな時間を削り、
考える余白を奪い、
感じる力を鈍らせる。
だから今、必要なのは
新しい予定ではない。
空白だ。
何もない日。
何も決めない時間。
そこにしか、
本当の自分は戻ってこない。
ついでに入れない。
ついでに引き受けない。
ついでに生きない。
予定を減らすことは、
人生を減らすことではない。
人生を取り戻すことだ。
ついでに将来を不安がる
ついでにニュースを見る。
ついでに数字を見る。
ついでに専門家の言葉を聞く。
その流れで、
ついでに将来を不安がる。
まだ起きていないことを、
今の感情で先取りし、
想像の中で何度も失敗する。
これは備えではない。
消耗だ。
将来は、
不安があったから良くなるわけではない。
考え続けたから
安全になるわけでもない。
不安の正体は、
情報の量ではなく
距離のなさだ。
遠い未来を、
今ここに引き寄せすぎている。
人は本来、
今日一日を生きるように
できている。
十年先を
毎日背負うようには
できていない。
だから、
不安になるのは弱さではない。
だが、
ついでに不安がるのは癖だ。
癖は、
やめられる。
ついでに考えない。
ついでに怯えない。
今日の役割は、
今日の分だけでいい。
将来は、
準備するものであって
住み着く場所ではない。
ついでに人に合わせる(自己喪失編)
ついでに、相手の意見にうなずく。
ついでに、場の空気を読む。
ついでに、波風を立てない選択をする。
最初は、ほんの少しだった。
合わせたのではなく、
ずらしただけのつもりだった。
だがその「少し」は、
積み重なる。
本当は違うと思ったこと。
本当はやりたくなかったこと。
本当は言いたかった一言。
それらを
ついでに飲み込み、
ついでに笑い、
ついでにやり過ごす。
そして、
静かに自分が減っていく。
誰かに嫌われない代わりに、
自分に会えなくなる。
人に合わせること自体が
悪いわけではない。
問題は、
無意識で合わせてしまうことだ。
合わせるかどうかは、
選択であってほしい。
反射であってはいけない。
ついでに合わせない。
ついでに引き受けない。
ついでに自分を消さない。
違和感は、
わがままではない。
それは、
自分がまだ残っている証拠だ。
人に合わせる人生から、
自分に戻る人生へ。
その境目は、
ほんの一言の
「今回はやめておきます」
かもしれない。
ついでに生きていないか
ついでに起きて、
ついでに働き、
ついでに食べて、
ついでに眠る。
目的があるようで、
流れに乗っているだけの毎日。
ついでに思考し、
ついでに情報を浴び、
ついでに不安を抱え、
ついでに人に合わせる。
生きているはずなのに、
選んでいる感覚が薄れていく。
人生が重くなるのは、
大きな失敗のせいではない。
小さな「ついで」の積み重ねだ。
本当は、
一つ一つを選ばなくていい。
だが、
選ばないまま続けると、
人生は誰かのものになる。
ついでに生きるとは、
責任を放棄することではない。
主導権を渡すことだ。
流れに乗ることと、
流されることは違う。
今、立ち止まって
一つだけ選び直す。
今日は、何をしないか。
誰に合わせないか。
どの情報を入れないか。
人生を変えるのは、
新しい決断ではない。
「やめる」という選択だ。
ついでに生きない。
自分で生きる。
それだけで、
世界の見え方は変わる。
作品名:ついでに生きていないか 作家名:タカーシャン



