運営力は上がったが、指導力は失われた
現代社会では、組織の運営力は格段に向上した。
マニュアル、仕組み、評価制度、データ管理。企業でも、行政でも、地域活動でも、「回す力」は洗練されてきた。
しかしその一方で、個人一人ひとりに向き合う「指導力」は、確実に弱まっているのではないだろうか。
かつての指導は、善し悪しは別として、個人の状態を見ながら声をかけ、止め、支える営みだった。今は「全員に同じ説明をする」「仕組みに従ってもらう」ことで、指導が代替されている。結果として、困っている人ほど見えなくなる。
これは能力の問題ではない。
構造の問題である。
組織が大きくなり、責任の所在が曖昧になるほど、個別対応は「属人的」「非効率」とされ、敬遠される。だが人は仕組みでは守れない部分を必ず持っている。
指導力とは、命令や管理ではない。
「今、この人にとって何が必要か」を判断し、声をかける力だ。
少子高齢化が進み、多様な背景を持つ人が関わる社会では、運営力だけでは限界がある。むしろ、個人差を前提にした指導力がなければ、組織は人を疲弊させ、静かに人を失っていく。
効率を高めるために、人を見なくなってはいないか。
仕組みを整えるほど、人の状態から目を離してはいないか。
今、求められているのは、運営力か指導力か、という二択ではない。
運営力の上に、指導力をどう取り戻すかという問いである。
人を動かす時代から、人を支える時代へ。
組織の成熟は、そこから始まる。
作品名:運営力は上がったが、指導力は失われた 作家名:タカーシャン



