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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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誰が彼女を生かしたか

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2話「七星と響子」




七星さんは、私の7歳までの事をきちんと喋ってくれた。

母は、私が7歳の時に突然家から居なくなった。その時の記憶はない。ショックだから忘れてしまったんだろうと思っていた。

私が「気が付いたらこの部屋へ独りで来ていた」と言っても、七星さんは「そうだね。知ってた」とだけ言った。

「なんだか分からないけど、私はここから出られないの。だから、小さい頃別れた母親とも会えない。誰とも会えずに暮らしてきた。どうしてなのかは分からない。だから、なぜ貴方がここに来たのか…それに、どうして私を知っていたのか…」

七星さんは困り顔で笑っている。それもなんだか変。私は底の底まで悲しもうとしてるのに。

彼は壁際に腰を下ろした私の目の前、部屋の真ん中辺りに胡座をかいて、話を聴いてくれていた。

そんな七星さんが、ラフなカーゴパンツの右ポケットをごそごそ探る。中でチャリチャリと金属音がした。

私が怖がっていると、彼は私を覗き込みこう言う。

「ここに僕が訪ねて来てこられたのは、どういう訳だと思う?」

四角く骨ばった黒縁眼鏡の向こうから覗く、しっかりと開いた瞼の中に、大きな黒目がある。

少し目を下げれば、華奢で骨の突き出た肩、肉付きの薄い太腿。もう一度顔を見れば、明るいブラウンに染めつけた硬そうな髪が、彼を心持ち明るそうに見せていると分かった。

でも、それが私の涙を見て笑っている。

初めて人が訪ねてきたから怖いのに。理由を教えてくれなかったから、もっと怖かったのに。

「どうして…?」

七星さんは自分の右手のひらを覗き込み、握られた物を私に見せた。外側が黒い、革製のキーホルダーだった。

古い古い南京錠の鍵らしき物が一つだけ付いている。

「君がこれをくれた」

私分からなかった。そんな事、見知らぬ他人にするはずがない。

でも、七星さんは正しい事を言っていた。彼は話の締めくくりにこう言った。

〝君は母から愛されず、結果として捨てられた。それを今でも、君は捨ててない〟

それだけは事実の通りだった。



七星さんはその内に眠ってしまった。

押し入れから出した真新しい布団を七星に勧めた時も、彼は「有難う、嬉しいよ」と晴れやかに微笑んだだけ。さっきまで重たい話をしていたようにはとてもじゃないけど見えない。

〝なんだか…良い人そうだけど、目の前で女の子が泣いてるっていうのに、ちょっとデリカシーがなさすぎるんじゃないかな…もしかして、すごーく親切を装ってから悪い事をするような人…って訳でも…〟

七星さんがどんな人なのか分からないから、隣に自分の布団を敷きはしなかった。そもそも、初対面の人の前で寝ないでしょう。


いつもこの部屋で誰かを待っているのに、誰にも会えない自分。カーテンを開けてもそこには人が居ない。だから開けなくなった。

やっと家に来た人は、正体を明かさないのに私を全て知っている人。

〝突然過ぎて、疲れたなぁ…〟

目がしょぼしょぼと痒いからかいても治らない。仕方ない。ちょーっとだけ座ったまま寝ちゃお。

〝昔から長くは眠れなかったし、私はすぐに起きるよね…疲れた…し…〟


コンコンコン!と、春子の部屋へまた来客があった。それは、あまりに急いている。

七星はするりと目を開けると、ノブのないドアを開け、「来たの」と来客へ対応をした。

そこへ立っていたのは、セーラー服姿の少女だった。

潤んだ大きな目。紅を乗せたような頬。烏の羽根のようなしなやかさを持つ、長い髪。

半袖のセーラー服から、折れそうな二の腕が見えている。少女は今にも喚き散らしそうだ。七星は頬をかいてから、こう言う。

「早かったね、|響子《きょうこ》」

それで少女は髪を逆立て目を剥いた。

「なんでアンタが先なのよ!馬鹿!」

七星は「しょうがないじゃん」と嬉しそうに笑う。

響子というらしい少女は、七星をわざと押しのけ春子へ駆けていった。ドアは七星が閉めた。