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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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飴色のナイフ

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水を飲みながらスーパーの敷地を出てから、水の助けを得て、またビートルズを歌う。つくづく懲りない。

歩き過ぎた私は、ここまでで1.8kmは歩いていた。ちんたらと歩くのは得意なので、時に8kmなど歩く事がある。

もうしばらくで、国道に沿って走るローカル線の二駅目に着く。自宅からその駅までは、大体2kmである。

そこで私は、突如として覚醒をしたように、緊張した。

〝駅前には、誰か居るかもしれない。不審に見られては困るな…〟

何となくだが、歳なりの若者でございという顔をしたかった。私はまだ三十路にはなっていなかった。今思えばどうでもいい話である。

流行りのダンスミュージックを聴いてみた。断っておくが、私の気の変わり方は大変激しく、好みは大変に広い。広過ぎて誰もついて来れない事の方が多い。

それからまた音楽を聴きながら、ロータリーに近くなるまでは歌う。実はそこまで難しくない。ダンスミュージックは、踊りながら歌うのだから、息継ぎが頻繁に出来る曲作りなのだ。

〝ビートルズの方が大変だ。彼等はワントーンが長いからなぁ…〟

駅に近くなってくると、道の舗装は丁寧になり、国道の両側に、少し価格帯の高い飲食店が並ぶ。

不動産のチラシなぞ見ても何も意味は無いが、空き物件の案内がきちんと貼ってあった。それらはきちんとラミネートされており、雨に濡れても人が見られるようにしてある。人の仕事は細かいものだ。

駅前のロータリーを回ってから、同じ道を歩いて帰るのに、反対の歩道を進もうと思っていた。そうして良かったと思った。

百日紅の花の盛りだ。様々な看板を照らしている照明が、鮮やかに咲き誇る街路樹、百日紅の美しさを、夜でも伝えてくれた。

〝花は夜でも咲いている〟

もう一度そう感じて、ライトアップされた百日紅からしたら得なのかもしれないと思った。しかしそれはヒトからの評価であり、彼等の繁茂の手助けになるかは分からない。

桃色の房が天に向かって伸び、しかしそれは少しも辛そうに見えない。花や木が重力に逆らう咲き方をしていたとして、どれ程力を使うのかは、私達は悟れない。たくさんの花がついたところは重そうに垂れ下がっている。でもそれも、美しい景色なのだ。花の重さは、彼等の栄華だ。満ち足りた証に花は咲くのだ。

ようやっと駅に着くと、ここなら少しは人が居るかと思っていたが、誰も居なかった。本当に人っ子一人居ない。

私は、東京の都心の辺りに住んでいた事がある。

駅前に行きさえすればいつも必ず人が居て、酔っ払って騒いでいたりする。私はあまり好きな景色ではなかった。「夜なんだから、酒を飲んでまで無理して起きていないで、眠ればいいじゃないか」と、駅前をふらついている自分を棚に上げていたものだ。

「いい土地に来たな」と思った。みんな今、家でぐっすり眠っているのだろう。私は、見知らぬ小さい子供が安心して布団にくるまって、寝息を立てているのを思い浮かべた。

駅前の公衆トイレで用を足して手を洗っていると、鏡に小さなバッタが張り付いていた。

「やあ、バッタさん。君たちは夜も起きているんだね」

バッタと別れて、「虫は意外と夜でも元気なんだな」とまた感心した。後で分かった事だが、昼行性の虫も夜行性の虫も、どちらもとんでもな多いらしい。

駅前の喫煙所を目指す。申し訳ないが私は愛煙家なので、こういった場所はとても有難かった。今はもうないだろうが。

ジッポで火を点け、煙を吐き出す。その時聴いていたのは、宇多田ヒカルだ。夏に出されたアルバムなのか、夏の景色を歌った曲ばかりだった。私はそこで、はた、と、我に返る。

〝昔、こんなことをしていた気がする〟

この時よりも遠い夏、どこかの駅前で、宇多田ヒカルを聴きながら、煙草を吸っていた気がしたのだ。

そんな淡い感覚が急に胸にこみ上がり、「夏だなあ」と口にした。そして私はさっさととって返す。

作品名:飴色のナイフ 作家名:桐生甘太郎