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ヒトサシユビの森

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稲荷山の側道を、ソアラは猛スピードで駆けくだった。
逆算すると、ブローカーにいぶきを引き渡す時間に猶予はなく、健市は焦っていた。
前方に側道と交わる県道が見えてきた。
健市はあらためてナビ画面を見た。
側道と県道がT字に交わる箇所に右矢印があり、2キロと表示されていた。
「あと2キロで高速の入口か。高速を120キロで飛ばせば、なんとか間に合う」
不意にナビ画面が暗転した。
ハンドル操作に集中しつつ、健市はナビ画面をチラ見した。
画面は真っ黒だ。
そこに、不気味な子どもの顔が浮かびあがった。
顔面に血色はなく、目は黒く落ち窪んでいた。
白い皮膚が徐々に?がれてゆき、頭部の骸骨に変化していった。
健市は慌ててナビの電源を落とした。
ハンドルを握る健市の手が、やや震えた。
駆けくだる側道の先に、人影があった。
県道と交差する地点だ。
女性らしき人影が、道を塞ぐように立っていた。
「かざねか。かざねは死んだはずじゃ・・・」
健市は心の中で呟いた。
「いやあれは、かざねの亡霊か。どっちでもいい」
健市はアクセルを踏みこんだ。
次の瞬間、ソアラのフロントガラスにヒビが入った。
かと思うと、小さな物体が健市の左目に侵入した。
健市の左目の神経が切り裂かれ、左脳を貫通した。
さらに頭蓋の後頭部に小さな穴を穿った。
その物体が襲撃したわけではない。
その物体は、その場から1ミリも動いてはいなかった。
健市が自ら、そこに突っ込んで招いた結果である。
突然の激痛に襲われ、健市は方向を見失った。
ソアラは制動されることなく、かざねに向かって突き進んだ。
だが片目を失った健市がハンドル操作を誤ったことで、ソアラはかざねのすぐ脇を通り過ぎた。
沿道の擁壁を破壊し、道標をなぎ倒した。
そのまま県道を突っ切ったソアラは、転落防止のガードレールに衝突した。
背後で凄まじい衝撃音を聞いたかざねは、振り返って目を凝らした。
ガードレールは破断し、笹良川に面した崖地の縁に車体の底をこすって、ソアラは停止していた。
宙に浮いた前輪は惰性で回転を続け、上下に不安定に揺れた。
リアハッチに隙間があることを気づいたかざねは、ソアラに駆けよった。
リアハッチを跳ねあげると、トランクルームに麻袋が横たわっていた。
かざねは麻袋を抱きあげた。
小さいながら人の形にぬくもりがあった。
ソアラの運転席付近から、ガラスの割れる音が聞こえた。
何かの力が、ソアラのサンルーフのガラスを内側から砕いた。
かろうじてバランスを保ち、落下を免れていたソアラはその都度、上下に大きく揺れた。
サンルーフから手斧を持った腕が現れ、次に血まみれの健市が顔を覗かせた。
「かざね。てめぇ」
そう叫びながら、健市はサンルーフから車外に脱出を試みる。
上体をサンルーフから抜き、車の屋根づたいにかざねに迫った。
かざねは麻袋を抱いたまま、ソアラのリアバンパーに足をかけた。
「言い残すことはある? 蛭間健市」
言うや否や、かざねはありったけの力で、ソアラを虚空へ蹴りだした。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん