ヒトサシユビの森
その夜、蛭間健市選挙事務所には、大勢の支援者で溢れていた。
通例として午後8時に投票が締め切られ、間を置かず開票が始まる。
事前予測と出口調査が勘案され、早ければ開票と同時に当選確実が打たれる。
健市が同様の流れで石束町の町会議員に初当選する瞬間を、支援者たちは固唾を呑んで待ち構えていた。
開票時刻少し前に、健市は事務所に姿を現した。
健市は笑顔を押し殺したような表情だった。
支援者たちも健市を、爆発手前の笑顔で迎えた。
事務所内に設置されたテレビが、地元のニュース番組を放映していた。
午後8時となり、テレビ画面にニュース速報が流れた。
”石束町議選、新人の蛭間健市候補に当選確実”
大きな拍手が蛭間選挙事務所に沸き起こった。
支援者のリーダーが「当選おめでとうございます」と第一声をあげた。
その声に続いて、支援者たちが口々に「おめでとう」おめでとうございます」と声をあげる。
蛭間事務所が、祝意と喜びに包まれた。
そのなかで、健市は色鮮やかなバラの花束を受け取った。
フラッシュが一斉に健市に浴びせられる。
花束を抱えたまま、檀上に立つ健市。
再び、フラッシュの嵐。
マイクのスイッチを切って、健市はあえて地声で呼びかけた。
「こうやって当選できたのは、皆さまの温かいご支援のおかげです」
事務所の隅に、健市の父、皓三郎が気配を消して立っていた。
「そして私の父、皓三郎の厳しい指導のおかげです」
皓三郎は目頭を押さえながら、そっと事務所から出ていった。
「石束がさらに発展するよう力を尽くしてまいります。本日は誠にありがとうございました」
健市は深々と頭を下げた。
蛭間事務所は再び、大きな拍手と声援に沸いた。



