新体制・新出発に元気がなくなる人へ
──変化は「再安心」の旅である
組織が新体制に移る時、人は同じ方向を向いて歩いているように見えて、実はそれぞれ違う場所から出発している。期待に胸を膨らませる人もいれば、急にブレーキがかかったように元気を失う人もいる。だが、これは決して「やる気がない」とか「時代についていけない」という単純な話ではない。もっと深い、人間の核心に触れる問題である。
人は変化そのものより、変化が引き起こす「喪失」に敏感だ。長くいた職場での立ち位置、築いてきた人間関係、慣れた業務のリズム。そうした“見えない家”のような安心感が、新体制の到来とともに一気に揺らぐ。新しくなることは、古い自分が一部“終わる”ことでもある。人が元気をなくすのは、未来に希望がないからではなく、“過去の延長に自分の居場所が見えなくなる不安”に襲われるからだ。
だからこそ、まず必要なのは励ましではない。押しつける情熱でもない。
「今までのあなたの役割は確かに大きかった」
という“喪失を認める言葉”である。人は失ったものを見つめる時間を経ないと、新しいものを受け取れない。元気をなくす人に必要なのは、「あなたはここにいてよかった」という確認なのだ。
次に大切なのは、不安を“事実”と“予測”に分けることだ。変化の時、人は未来の悪い予測を積み重ね、まだ起きてもいない出来事に心が支配される。“元気がない”という表情の裏側には、実は多くの「悪い未来の物語」が渦巻いている。そこを丁寧に分けていく。
「今、事実として起きているのは何か」
「それは未来のどんな予測と混ざっているのか」
この境界線が引かれた瞬間、不安は形を失い、現実に戻る。そして“今日の一歩”が見えるようになる。
さらに、新体制で最も揺れるのは、役割の再定義である。人はどんな立場であれ、自分の存在価値を感じていたい。ところが体制が変わると、これまでの経験がどこに生きるのか見えなくなる。すると、「自分はもう必要ないのではないか」という錯覚が生まれ、元気が失われる。
ここで必要なのは、本人の歴史を未来に接続することだ。
「あなたの経験は新体制のここに生きる」
と示すだけで、人は驚くほど立ち直る。
役割が再定義された瞬間、人は再び前に進む。
変化に揺れる人には、ひとつの“安全地帯”を残すことも有効だ。人の心は急激な変化に耐えられるようにはできていない。新しい制度・新しい役割・新しいルール。すべてを一気に変えるより、ひとつだけ「今までと同じ習慣」を残すほうが、心は落ち着く。
朝の挨拶でもいい、書類整理の順番でもいい、小さな儀式のようなものを残す。すると、新しい環境の中にも“自分の居場所”が一つあると感じられる。
そして、見落としてはならないのは、“ペースの違い”である。変化に強い人は、往々にして弱い人を無自覚に置き去りにしてしまう。変化に元気が出る人と、不安で固まってしまう人。その歩幅の違いを可視化して、橋渡し役を置くことで、全体が滑らかに動き始める。
組織は「生き物」であり、体制の変化は“生まれ変わり”のプロセスだ。だから、早い細胞と遅い細胞が混ざりながら再構築されていく。
最後に、非常に重要なことをひとつ。
弱さを表明できる空気をつくることだ。
多くの組織が失敗するのは、「元気がない=やる気がない」と勘違いするからだ。元気を失うのは、むしろ責任感が強い人、真面目に向き合ってきた人ほど多い。
弱さを表明できる場があると、人は驚くほど早く回復する。心が萎縮しないからだ。
新体制とは、“新しい旅”ではなく、“再安心の旅”である。
安心を取り戻すと、人は自然と動き出す。
安心が欠けたまま前に進もうとすれば、心は追いつかず、元気を失う。
だから、組織が本当に変わるために必要なのは、理念やルールよりも、人の心の緩和である。
ゆっくりと、しかし確実に。
人は再び元気を取り戻す。
そしてその元気こそが、新体制を動かす本当のエンジンと
作品名:新体制・新出発に元気がなくなる人へ 作家名:タカーシャン



