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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dreg

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− 現在 −

 全てにおいて、人一倍でかい家。居間のオーディオも、風呂も、車庫も、どこかが余っている。それが笠岡家の実家で、五年前に妹の真奈が結婚してからは、長男のおれがひとりで住んでいる。三十五歳の独身男からすれば、豪邸だ。昔は大家族で、子どもから大人まで様々な関係の人間がこの家を出入りしていた。
 祖父が興した、笠岡建材という大きな軸。それを持つ家に生まれるということは、お金に関する心配事を一切しなくていいということでもあった。
 この実家は、笠岡家が三世代分歩んできた歴史、そのものだ。
 二階建ての古い家屋は木造で、裏手には空き地と沼があり、祖父が建材屋を始めるときに乗っていた七トンユニックが、沼の水面すれすれに傾いたまま停まっている。七十六年型のふそうFPで、譲り受けた当時は白だったのを、会社が軌道に乗ってからはベージュと深緑に塗り分けて、それが会社のイメージカラーになった。ナンバーは外されているし、沼に面している右前のタイヤは十年以上パンクしたままだが、V8エンジンはいまだに一発で始動するし、廃材にしか見えない錆具合のブームも滑らかに動く。
 意味を成さなくなっても同じ場所で動き続けるのは、いかにも笠岡家という感じがする。
 おれも含めて、笠岡家は物を捨てられない性質の人間が多い。だから、家のどこでも必ず、目的を失った道具がひとつかふたつは、転がっている。洗濯機にしても四台中二台は壊れているし、車庫に停めてある車は三台あるが、おれが十年前に中古で買ったディーゼルの日産バネットだけが現役で、あとの二台は廃車だ。一台は弟の英二が乗っていた六十六年型のクライスラーインペリアルで、大型トラックのような幅のセダン。色は白だったはずだが、くすんでアイボリーのように見える。もう一台は家族サービスで使っていたY31セドリック。色はダークレッドで、ツインカムターボ。こっちはディーラーに持って行けば息を吹き返しそうだが、重い腰は中々上がらない。セドリックと言えば、妹の真奈が何度乗っても車酔いを克服できなくて、親父はゴルフ仲間の遠山さんが乗っていたスターレットなら真奈がけろっとしていることに気づいて、すぐに遠山さんからスターレットを買い取り、遠山さんは似たような色のマーチに乗り換えた。そうやって家に来た鮮やかなブルーのスターレットは、おれが免許を取って最初に運転した車だが、数年後に英二が無免許運転で廃車にした。事故現場にほったらかしになっていた、半分に折れたリアバンパー。それだけおれが後で回収したから、今も車庫の隅っこに立てかけてある。
 物に囲まれて、少しずつ軋んでお互いに寄りかかり、何とかまっすぐ建っている家。
 今思えば、笠岡家に集う面々も似たようなものだった。
 この実家を建てた祖父は笠岡兼三。おれが小学四年生のときに、食道がんで死んだ。
 家系でひとりだけ小柄だった親父は、笠岡伸介。すい臓がんで、八年前に五十三歳で死んだ。そのとき五十二歳だった母の透子は、無事還暦を迎えた。実家は色々と思い出すからと、五年前の真奈の結婚を機に高層マンションへ引っ越している。最後に会ったのは去年の暮れで、友達も見つけて生き生きしている様子だった。今年の頭から同じマンションの低層階の部屋を英二が借りていて、交流はマメらしい。おれが英二の顔を最後に見たのは九年前で、親父が死ぬ前年。当時二十歳で大学生だった真奈が、たこ焼き屋の雇われアルバイト店主を辞めたときだった。
 母が産み落とした笠岡家の第三世代は、それなりに個性豊かだ。まずは長男のおれ、笠岡洋一。なぜか、子どものころから大人の話題に混ざることを許されていて、親父からは『こんなきったない家、ブルドーザーで更地にしてまえ』と言われ、母からは『でも、思い出はここにしかないからねえ』と言われた。そして、年を取るほどに二人の意見は逆転していき、実際には本音は逆だったということが分かった。どちらかというと、親父の方が物に愛着を持つタイプで、母は割とあっさりしていた。
 弟の英二は三歳年下で、三十二歳。中学校に上がって急に体格ががっしりとするまでは、中性的でなよなよした、いじめっ子が手を出さずにはいられないタイプの子どもだった。言葉遣いもたどたどしく、優しく聞き返してくれるのは笠岡家と仲がいい大人だけで、近所の本屋の店員にすら、予約番号を伝えられずに笑われていた。幸いおれが大柄で力も強かったから、両方が小学生だったときは目が届いて、身の安全を確保できた。しかし、おれが中学校に上がってからの三年間は、英二は学校にひとりで取り残される形になって、いじめっ子からすれば、おれと教師の目が届かない場所は格好の狩場になった。
 おれは中々やり返すことができなかった。なぜなら、英二は自分がいじめられていることを『笠岡家の恥』だと思っている節があって、誰にも相談しようとしなかったからだ。いじめグループの中の主犯が女子だったというのも、あったのかもしれない。菅生有希という名前で、親は仕事をしたりしなかったり安定せず、近所のスーパーで若い店員を見つけては絡む、どうしようもない奴だった。娘の有希もその影響をしっかり受けていて、素行は悪く不登校気味でもあった。顔だけは可愛いと評判で、苗字はスガオと読むから、女子グループの間ではその名前自体がからかいの対象になって、あだ名は『ケショウさん』だった。そんな感じで菅生自身もいじめの対象だったから、鼻の下を伸ばした男子グループに拾われていたらしい。そして、その食物連鎖のさらに下にいたのが、英二だった。
 妹の真奈は六歳年下で、二十九歳。子どものころは、男連中より体がひと回り小さくて何を考えているか分からない、宇宙人のような生き物だった。好奇心の塊で、体を動かすことには何でも挑戦するが、運動神経は鈍く、いつも体のどこかに擦りむいた跡があった。親父曰く『どんくさい』タイプで、母は女性らしい振る舞いを教えるのに必死だったが、小学校の高学年に上がるまでは、壊れた本棚相手にドロップキックの練習をしては頭から落ちるアクティブな少女だった。そんな真奈が母に化粧のことを聞いたのは、懲りずに頭から落ちて『頭がぐわんぐわんする』と言っていた翌日のことで、おれと英二は『ついに線切れたんちゃうか』と言って笑っていた。しかし、どうやらそこが転換期だったらしく、真奈は着る服から話し方まで、中から新しい人間が殻を破って出てきたみたいに、がらりと変わった。高校生のおれに家庭科で作った手提げかばんをプレゼントしてくれたり、中学校に上がってから体が急激に成長して顔つきに自信が生まれてきた英二には、『素材を生かしーや』と言って似合う髪型を提案したりするようになった。
 そんな感じで、何か取り決めがあったように、笠岡家の人間は三年サイクルで増えていった。子どもが三人いるだけでも大所帯な感じがするが、この実家に出入りする人間は、もっと多かった。
作品名:Dreg 作家名:オオサカタロウ